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四万十市竹島出身・郷土の偉人

TEL. 0880-33-0247

〒787-0155 高知県四万十市下田2211 若草園内

佐竹音次郎の紹介

音次郎と妻くまの晩年期の肖像  佐竹音次郎は明治・大正・昭和の激動の時代を児童福祉に身を投じた人物です。
 四万十市竹島出身で若くして上京し神奈川県鎌倉にて児童養護施設を運営しました。
 もともと保育という言葉が初めて日本で使われたのは1896(明治29)年のことです。当時、孤児院と呼ばれていた施設を佐竹音次郎がそう名付けたのです。

 これが佐竹音次郎が保育の父と呼ばれるゆえんです。

 音次郎が運営した保育院と現在の保育所は違い、現在では児童養護施設に相当する施設が日本ではじめの保育園ということになります。
 その後、中国、朝鮮、台湾でも事業を展開し、音次郎が存命中 5,571人の子どもを育てました。
 音次郎は預かった子どもを自他の区別なく育てる聖愛主義に徹し、現在の保育の礎を築きました。


〜音次郎略歴〜 

1864(元治1)年〜 旧下田村竹島に出生
         地元の小学校教員を経て上京し、医学を志す。

1894(M27)年〜  神奈川県腰越で開業。鍋島出身の妻を迎え入れ、腰越医院に小児保育院を併設する。

1905(M38)年〜  わが子らの死をきっかけに医業を廃して鎌倉小児保育園を設立して、児童養護に専念する。

1913(T 2)年〜  中国に旅順支部を開設したのち、朝鮮、台湾にも事業を展開する。

1920(T 9)年〜  私財全部を提供して施設を財団法人化する

1940(S15)年〜  鎌倉の地にて永眠

1966(S41)年〜  音次郎の後継者が現在下田にある若草園の運営を約 30年支えた。  

2015(H27)年   生誕151年の日に郷土にて「保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会」が設立。  


音次郎をもっとくわしく知るN,E,W 英語でニュー。更新された目印が点滅して知らせています。


『知っていますか?佐竹音次郎を』(四万十市竹島出身・郷土の偉人 佐竹音次郎ものがたり)の1ページ目画像。クリックすると別画面で詳しく読む事が出来ます。 『知っていますか?佐竹音次郎を』
 〜四万十市竹島出身・郷土の偉人 佐竹音次郎ものがたり〜


社会福祉法人栄光会が若草園創立55年記念事業で作成した佐竹音次郎紹介のリーフレットです。

小学校高学年生向けに作成されており、読みやすい内容です。

      画像をクリックすると別画面で読めます。 ⇒

リーフレット本文で紹介されている「中村市史」はこちらです。



2018(H30)年発行の小中学校道徳副読本「高知の道徳」表紙画像。クリックすると別画面で詳しく読む事が出来ます。 『保育の父 佐竹音次郎』
   小中学校道徳副読本「高知の道徳」


   2018(H30)年 高知県教育委員会が5年ぶりに再編成して発行した
  学校用副読本教材です。

   この中で佐竹音次郎も紹介されました。

 ←  画像をクリックすると別画面で読めます。








ほかのインターネット記事を見る

音次郎が紹介されているホームページを紹介します。
(それぞれ、音次郎会の外部サイトになります)

聖音会ホームページ「鎌倉保育園の歴史」

四万十市ホームページ「四万十市の人物」

Report from Kamakura(鎌倉レポート)


音次郎の史跡を訪ねる


いま高知県では志国高知 幕末維新博 が開催されています。
保育の父・佐竹音次郎も幕末に活躍した偉人として取り上げられています。
四万十市には観光する場所はたくさんございますが、
竹島周辺に群をなす音次郎の史跡もぜひ訪れてください!

四万十市竹島の音次郎史跡案内地図

   ↑地図はクリックすれば拡大して見えます。





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「保育の父・
 佐竹音次郎に学ぶ会」

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