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四万十市竹島出身・郷土の偉人

TEL. 0880-33-0247

〒787-0155 高知県四万十市下田2211 若草園内

活動報告N,E,W 英語でニュー。更新された目印が点滅して知らせています。

記事一覧(クリックするとジャンプできます)

◆2020年
児童ペン大賞の新聞記事   第3回城博との史料整理作業   新伝記が児童ペン大賞   史料整理の新聞記事   第2回城博との史料整理作業   没80年記念会   小規模に総会を実施   音次郎生誕156年   2020年度 定期総会   2月定例会(城博史料整理) 
◆2019年
12月定例会   出版祝賀会   伝記出版の新聞記事   ライオンズでPR   10月定例会   幡多信から本贈呈
竹島小学校で授業   「万人の父になる」発売   没後79年墓前祭   講演会の新聞記事   6月定例会   定期総会
4月定例会   城博と今後の打ち合わせ   城博学芸員が来訪   2月定例会「芳名簿の解読1」   音次郎会から年賀状  
◆2018年
12月定例会「音次郎資料アラカルト」   台湾支部資料が到着   横山充男交流会   竹島小学校へ出前授業
10月定例会「桑原戒平と沖本忠三郎」   書画会芳名録が到着   高知新聞 厚生文化事業団の助成が決定   日誌や書簡寄贈   緊急臨時三役会 開催   没後78年記念 墓前祭   6月定例会「紺屋町佐竹家の系図」   高知新聞K+の幡多偉人伝に掲載   2018年度 定期総会を開催   田内千鶴子⇔佐竹音次郎 交流   第5回定例会を開催  
◆2017年
第4回定例会を開催   鎌倉訪問事業   第3回定例会を開催   佐竹音次郎没後77年記念 墓前礼拝
第2回定例会を開催   第1回定例会を開催   維新博看板設置される




2020.9.27 Sun 児童ペン大賞・受賞が高知新聞に掲載される

 昨年、刊行された待望の音次郎新伝記「万人の父になる−佐竹音次郎物語−」(横山充男 著)が第6回児童ペン大賞を受賞したので、音次郎会として高知新聞と読売新聞から取材を受けました。これが高知新聞に掲載されました。
高知新聞の切り抜き。第6回児童ペン賞。佐竹音次郎伝記が大賞。四万十市出身、保育に力注いだ生涯。【幡多】四万十市出身で保育事業に力を注いだ佐竹音次郎(1864〜1940年)の伝記「万人の父になる 佐竹音次郎物語」(学研プラス)がこのほど、日本児童ペンクラブ(鈴木茂夫会長)が選ぶ「第6回児童ペン賞」の大賞に輝いた。同市出身の児童文学作家、横山充男さん(67)=滋賀県=の作品。音次郎を顕彰する地元関係者も「子どもの推薦図書などに選ばれたらうれしい」と喜んでいる。(平野愛弓)

                    (記事の引用について、高知新聞社 アーカイブ企画部に許諾済み)


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2020.9.22 Tue 第3回 城博との史料整理作業

写真・上:注意深く目録に史料の情報を書き込む参加者。写真・中:同じく、城博の企画員。写真・下:史料目録製作作業にはげむ参加者たち  第3回目の史料整理作業を実施しました。今回も高知県立高知城歴史博物館(通称:じょうはく)から副館長と企画員さんが来て下さいました。

 今回も木箱に収められている各種書類整理の続きです。今回は58枚の調査カードが完成しました。

 史料の中には、やはり、表彰状などが多いのですが、今回、古い漢字の読み方と意味が作業中に話題となり、調べてみました。

■尽瘁(じんすい)
 用例:右の者、児童福祉に尽瘁に就き、表彰する。
 意味:尽くすこと、瘁れる(つかれる)こと。つまり、ヘトヘトになるまで頑張った。

■淬励(さいれい)
 用例:福祉事業に淬励したので記念品を贈る。
 意味:気を引き締めて励むこと。刀の仕上げに水に入れて鍛える言葉が淬ぐ(にらぐ)。

 歴史の勉強をするだけではなく、総合学習として国語の勉強にもなりました。また、今回、出席者には年配者の方が多く、整理している史料の時代背景についても様々な思い出話を聞く事ができました。


 なお、木箱の中身についてはある程度、過去の定例会においてお伝えしております。詳しくは2018年の12月定例会の記事(ここをクリック)を御覧下さい。


 次回は10月下旬(日にちは未定)に実施します。興味のある方、史料の現物を直接手に取れるまたとない機会ですので、どうぞ御参加下さい。参加希望者は事務局へご連絡ください。日にちが定まり次第、御連絡します。

日時 2020.9.24 Tue 10:00-15:30
場所 若草園 西児童住居棟 1F 音次郎資料室
来賓 城博 副館長 横山様
      企画員 筒井様

(7名参加)



写真・上:注意深く史料の情報を書き込む参加者
写真・中:同、城博の企画員
写真・下:史料目録製作に淬励する参加者たち

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2020.9.6 Sun 「万人の父になる−佐竹音次郎物語−」が第6回児童ペン賞・大賞受賞

 昨年、刊行された待望の音次郎新伝記「万人の父になる−佐竹音次郎物語−」(横山充男 著)が、歴史ある児童文学団体「児童ペンクラブ」が主催する第6回児童ペン賞の大賞に輝きました。

 詳しくは、出版元の学研プラスさんが記事を書いてくださっておりますので、こちら(ここをクリック)を御覧下さい。

新刊・保育の父・佐竹音次郎伝記『万人の父になる』−佐竹音次郎物語−(横山充男著)の表紙。四万十川沿いの松の木の上にたくさんの子供たち。それを微笑んで見上げている音次郎

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2020.8.27 Thu 城博との史料整理作業が高知新聞に掲載される

 音次郎会の活動が高知新聞に掲載されました。
高知新聞の切り抜き。「佐竹音次郎資料 目録に。保育事業で功績。研究加速へ。四万十市。写真:目録を作成する「保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会」のメンバーら。四万十市出身で保育事業に力を注いだ佐竹音次郎(1864〜1940年)を顕彰する市民有志が、音次郎の日誌や手紙など資料の目録作りを進めている。メンバーは「資料を整理して研究の弾みにしたい」と話している。

                    (記事の引用について、高知新聞社 アーカイブ企画部に許諾済み)


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2020.8.24 Mon 第2回 城博との史料整理作業

写真・上:作業開始前に城博職員の説明を受ける参加者。写真・中:今回、整理する事になった木箱。写真・下:ハケ、メジャー、筆記用具など調査に使用する道具が机上に並んでいる  高知県立高知城歴史博物館(通称:じょうはく)から副館長と企画員さんが来て下さり、専門的な見地からご助力頂き、第2回目の史料整理作業を実施しました。

 今回は木箱に収められている各種書類を整理することにしました。箱の中には200点以上の書類があり、まずは連続の番号をつけ、調査カードに項目毎に内容を記載する作業を行いました。全体の4分の1程にあたる78枚の調査カードが完成しました。

 木箱の中には、写真に木箱の文字が「御下賜金(宮内省)表彰状入」と写っているとおり、音次郎の保育事業が認められて天皇から資金提供を受けた関係書類が中心です。その一方で、借用証書など、経営苦難だった現実を感じさせる書類もあります。

 1枚1枚の史料と、1束で複数の史料に及ぶ物などがあり、整理の仕方については城博さんから懇切丁寧に手ほどきを受けつつ、取り組みました。

 なお、資料が到着した時点で、ある程度の中身については定例会においてお伝えしておりました。
 詳しくは2018年の12月定例会の記事(ここをクリック)を御覧下さい。


 次回は9月22日に実施します。興味のある方、史料の現物を直接手に取れるまたとない機会ですので、どうぞ御参加下さい。

日時 2020.8.24 Mon 10:00-15:30
場所 若草園 西児童住居棟 1F 音次郎資料室
来賓 城博 副館長 横山様
      企画員 筒井様

(7名参加)



写真・上:作業開始前の城博職員の説明
写真・中:今回、整理する木箱
写真・下:調査に使用する道具類

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2020.8.16 Sun 保育の父・佐竹音次郎没80年 記念会

写真が上下2分割されており、上は窓越しに熱そうな日差しが差し込む中、机の周りに座っている参列者。下は今回のチャプレンである牧田牧師の背後から、明るい日差しに包まれる参列者たち  音次郎は今から80年前の1940.8.16 Thu 19:35 鎌倉保育園にて天の父なる神の御許へと召されました。76歳3ヶ月でした。

 COVID-19の中、今回も積極的な参加は呼びかけはおこないませんでした。また、四万十市中村ではこの前日まで3日間連続で日本一の暑さを観測しました。

 2020.8.13 Thu 37.9℃(全国一)
 2020.8.14 Fri 39.8 ℃(全国一)
 2020.8.15 Sat 39.7 ℃(全国一)
 2020.8.16 Sun 39.0 ℃

 前日までに、この暑さの為に参加を見送った方や、遠方からはコロナ蔓延防止の観点から参加を見合わせるとの連絡が多くありました。

 この為、参列者の健康にも考慮して、今回は竹島墓地の尾根道を1kmほど歩く音次郎納骨堂への墓参は危険と判断し、祭事と学習会のすべての時間を屋内で実施しました。

式辞 「むだ骨に終わらない労苦」牧田吉和牧師
      (日本キリスト改革派 宿毛教会)
聖書 コリントの信徒への手紙(一)15章58節
 「わたしの愛する兄弟たち、こういうわけですから、動かされないようにしっかり立ち、主の業に常に励みなさい。主に結ばれているならば自分たちの苦労が決して無駄にならない事を、あなたがたは知っているはずです」

日時 2020.8.16 Sun 14:00-16:15
会場 下田地区竹島防災コミュニティセンター

(7名参加)
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2020.7.29 Wed 2020年度 定期総会

中央公民館となりにあるアピアさつき屋上駐車場。四万十市の施設を建て替え工事中はアピア会議室を代替施設として使用中。
 2020年度 定期総会を仕切り直して小規模で開催しました。事前に詳しい議案書を会員全員に送付して、コロナウィルスの蔓延予防の観点から積極的な参加は控えていただくようにしました。

 概ね、原案通りに2020年度も活動を継続しますが、一部、コロナ災禍によって内容を変更することになりました。

 この時期ですので、対外的な活動は控えて、内務的な活動を主体にします。すなわち、縁者から寄贈された史料整備が進んでおりませんでしたので、年度内の定例会はすべて、史料整理に傾注することになりました。

 高知県立高知城歴史博物館さんの支援も頂きつつ、取り組んで行きたいと思います。現在、以下の予定が決定しております。興味のある方は各自、感染予防対策をした上で、御参加下さい。

■日時:2020年 8月24日(月曜日)10時〜
■場所:若草園内 音次郎資料室
■講師:高知県立高知城歴史博物館 学芸員
■内容:音次郎関係歴史的資料の整理

 なお、総会議案書の詳しい内容はメールマガジン vol.13に詳しく記載されています。

(4名参加)
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2020.5.10 Sun 音次郎生誕156年

はるや書店四万十川店の外観映像に、書棚の「四万十市ゆかりの作家」コーナーと、その下に平積みされている音次郎の新伝記
 保育の父・佐竹音次郎 生誕156年の記念講演会を音次郎の誕生日である本日、開催する予定にしておりましたが、新型コロナウィルス蔓延予防の観点から中止いたしました。

 昨年は保育の父の新しい伝記が出版されて、音次郎さんには良い誕生日プレゼントになりました。

 地元、明屋書店四万十川店には、「四万十市ゆかりの作家」コーナーがあり、その棚の下には横山充男著『万人の父になる−佐竹音次郎物語−』が平積みされていました。

 コロナ禍が終息するまで、生誕講演会は順延です。








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2020.4.11 Sat 中止になった2020年度 定期総会

竹島付近の四万十川。満潮で川の水位が上がっている。鋼色に暗くなってきた空に、西に向かって飛んでいく飛行機が軌跡を描いている
 2020年度 定期総会は開催する予定でしたが、お隣の宿毛市内で新型コロナウィルスの集団感染が発生したことから、急きょ中止いたしました。
 役員さん達や常連の方々には電話で連絡をしましたが、急な事で案内が行き渡りませんでしたので、事務局の瀬戸が会場となる下田地区竹島防災コミュニティーセンターにて留守番を致しました。
 会場の鍵を開けて下さる竹島地区長さんと、他に2名の方がいらっしゃり、簡単に昨年度の総括と、新年度の取り組みについて、議案書に沿って説明しました。

 8月の音次郎没後80年記念墓前祭まで、人が集まる行事は延期します。

(4名参加)
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2020.2.8 Sat 2月定例会「城博学芸員と史料整理」 2020年2月8日 土曜日14時から16時まで、高知城歴史博物館学芸員が若草園にある音次郎資料室に来園し、音次郎史料調査の実演をしてくださる
 音次郎会では2018年、遺族から貴重な音次郎の毛筆手描き日誌など、歴史的資料を受けとりました。2019年音次郎生誕155年記念講演会にて、高知城歴史博物館 渡部館長に講演いただいた事をきっかけに、音次郎会の歴史的資料の整理を、高知城博の全面協力の下に、実施して頂ける運びとなりました。城博からの提案もあり、その作業を、歴史に興味のある方と一緒に行いました。古文書の専門家、学芸員さんと共に、音次郎史料をひもときました。
 この日の作業の詳しい内容はメールマガジン vol.12に詳しく記載されています。

(13名参加)
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2019.12.14 Sat 12月定例会「新伝記『万人の父になる』読書感想と意見質問を語る会」

 11月に出版祝賀会も開催致しましたので、新しく出版された佐竹音次郎物語の感想などを持ち寄るサロンを中央公民館にて開催しました。
 ところが、出席者が少なく、役員会のようになりました。今後の興味深い会の運営について、検討材料が増えました。


(6名参加)
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2019.11.3 Sun 横山充男氏新刊「万人の父になる」出版祝賀会

会場となった新ロイヤル四万十ホテル2階の四万十の間。後方から前方の舞台を眺める。舞台後ろには金屏風。その上には出版祝賀会を知らせる看板が吊り下げられている。壇上には四万十市長が
 横山充男先生「万人の父になる−佐竹音次郎物語−」出版祝賀会が保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会の主催で開催されました。

▼日程 2019(R1).11.3 Sun 18:00-20:00
▼会場 新ロイヤルホテル四万十 2階

◆プログラム

  開会の辞    司会者(野地ちえみ[音次郎会会員])
1 祝   辞   四万十市長 中平正宏様
2 乾杯の音頭   社会福祉法人聖音会 常務理事 佐竹敬様
3 歓談飲食
4 来賓の祝辞   高知県知事 尾ア正直様(代読:地域福祉部長 福留様)
          高知県議会議員 石井孝様
             〃    土森正一様
          立教大名誉教授 浅井春夫様(本書解説者、司会代読)
5 音楽の時間   シンガーソングライター 農夢民(のむど/谷崎順一様)
6 あいさつ    著者 横山充男先生
          出版社 滑w研プラス 幼児・児童事業部 児童読み物チーム 松山明代様
7 図書贈呈    幡多信用金庫様から幡多地域小中学校全校へ
8 フリーお祝いメッセージ(各テーブルから)
9 作品の朗読
10 お礼の言葉   音次郎会 会長 浦田一雄
11 連絡事項    音次郎会 事務局 瀬戸雅弘
  閉会の辞    司会者


 この件に関してはメールマガジン11号に詳しく掲載しております。

(74名参加)
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2019.10.31 Thu 高知新聞に伝記出版記事が掲載される

高知新聞
2019年(令和元年)10月31日(木曜日)地域2(22ページ)
「保育の父」の奮闘紹介
佐竹音次郎の伝記出版
【幡多】四万十市竹島出身で「保育の父と呼ぱれる佐竹音次郎(1864〜1940年)の伝記「万人の父になる 佐竹音次郎物語」が大手の学研プラス(東京都)から出版された。同市出身の児童文学作家、横山充男さん(66)=滋賀県在住=が書き下ろしたもので、地元の関係者は「全国の人に音次郎の名を知ってもらうきっかけになる」と喜んでいる。 (西村大典)
四万十市出身の作家
医師だった音次郎は1896年に、神奈川県鎌倉市に身寄りのない子どもを預かる「小児保育院」を開設。児童施設に初めて「保育」の名称を使った。私財をなげろち、5千人以上の子どもを育てたとされる。
 自費出版以外に音次郎に関する書籍がなかったことから、四万十市の「保育の父・佐竹音次郎 に学ぶ会」の浦田一雄会長(67)が2017年夏、中村小中学校で同級生だった横山さんに執筆を依頼。横山さんも音次郎の生き方に共感し、快諾してくれたという。
 横山さんは同会が保管する音次郎の日誌などを読み込み、生い立ちから晩年まで、音次郎の生き生きとした姿を描いた。苦しい保育院運営の中でも中国旅順に支部をつくろうと奮闘する姿などを通じ、迷いながらも、こうと決めたらやり通す音次郎の生きざまを浮かび上がらせている。
 横山さんが大手出版社と交渉し、学研プラスが 手を挙げてくれたという。
 本は小学高学年向けだけに、浦田会長は「とても読みやすい。大人も楽しめる1冊になっている」とPRしている。A5判176ページで1500円 (税抜き)。購入の問い合わせなどは同会(0880・33・0247)へ。
来月3日記念会
 本の出版記念会が11月3日、同市中村小姓町の新ロイヤルホテル四万十で開かれる。当日は横山さんも登壇。裏郎への思いを語るほか、サイン会も開く。午後6時から。会費(本と飲食費) は5800円、男女ペアは9千円(本1冊と飲食費2人分)。申し込み、問い合わせは同会へ。
学研プラスから出版された「万人の父になる 佐竹音次郎物語」

 音次郎新伝記出版と出版祝賀会の紹介記事が高知新聞に掲載されました。
 (記事の引用について、高知新聞社 デジタル事業部に申請済み)
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2019.10.15 Tue 四万十ライオンズクラブ例会にてPR

ホテルの会議室で音次郎の話をする浦田会長と事務局の瀬戸。新しい伝記を掲げている。ロの字型に会議用テーブルが並び、それを取り囲んで12人のライオンズメンバーが話を聞いている。
 四万十ライオンズクラブの例会に出席させていただき、中村の社会事業家・保育の父・佐竹音次郎をアピールしました。

 配布した資料は、
1『知っていますか?佐竹音次郎を』〜四万十市竹島出身・郷土の偉人 佐竹音次郎ものがたり〜(社会福祉法人栄光会が若草園創立55年記念事業で作成した佐竹音次郎紹介のリーフレット)
2『<新版>竹島の偉人』(西内育二朗元副会長著のリーフレットを高知新聞厚生文化事業団の助成により再版した物)
3 出版祝賀会案内チラシ
4 音次郎伝記予約販売チラシ
 です。

(浦田会長、事務局瀬戸参加)

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2019.10.12 Sat 10月定例会を竹島防災センターで開催

竹島防災センターから見下ろす四万十川。登り口には軽トラックが停車していて、その荷台には開催を告げる看板がくくり付けられている
 2019年10月定例会は「あらためて史跡巡り〜乾綾雄氏の手紙から見えてきたもの〜」として開催しました。
 昨年、縁者より貴重な音次郎史料が音次郎会に寄進されました。その延長上で故・乾綾雄氏(元小学校教諭、鎌倉保育園職員、音次郎の甥、音次郎の伝記を2冊自主出版されている)と縁者との間に交わされた私信を閲覧させて頂きました。
 四万十市に残る音次郎の史跡として3つ存在しますが、その経緯についてよく分からないものがあります。1つは「夢」の碑で、建立経緯や時期については謎に包まれたままです。故・西内育二朗副会長が「竹島の偉人」でもその謎解きに挑戦されています。音次郎歴史ミステリーの1つです。
 乾綾雄氏の書簡の中で、竹島神社が廃殿される時に音次郎本宅の故・宮村吉一さんが区長であり、夢の碑の移転について相談をする話や、当初の建立時期について言及されている部分がありました。
 ところが、高知県人誌に書かれた記述とそれらの建立時期は違っていました。また、故・西内副会長が調べられた故・谷岡ミツエさん経由の情報とも食い違っておりました。結論的にははっきりとしませんでした。
 「夢」の碑の歴史物語なので、真相は文字通り夢の中に包まれているようです。

 なお、会場となった下田地区 竹島防災コミュニティーセンターは四万十市内に数件設置されている避難所です。
 昨年の開催時にも台風が接近しましたが、今年も台風19号が接近し、静岡県に上陸しました。幸い今年は、竹島防災センターは避難所として開設される事はなく、定例会は無事に開催できました。音次郎会が竹島防災センターで定例会を開催する時には必ずと言ってよいほど台風が接近します。音次郎が「嵐を呼ぶ男」なのかもしれません。
 いずれにしましても、地元の偉人・保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会を運営するために、四万十市地震防災課と関係各課の配慮によって、定例会の会場としてこの場所を無料で貸し出しして下さっています。行政からの支援に感謝します。

(8名参加)
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2019.10.10 Thu 幡多信用金庫によって新伝記が旧幡多郡全小中学校に寄贈される

左、幡多信用金庫の贈呈印が捺された新伝記の内表紙。中、はたしん90周年のデザインロゴマーク。左、地元とともに、とキャッチフレーズが書かれた幡多信の通常のロゴマーク 上、起立して「万人の父になる」を竹島小学校今津校長に手渡している松田理事長。中、同じく下田小学校柴田校長に。下、ソファーに座って贈呈の言葉を述べる松田理事長と、本を開きながら聞く下田中学校山崎校長。
 現在、音次郎会唯一のオフィシャル・スポンサーである幡多信用金庫は今年創業90周年となりました。音次郎が養子に迎えられた紺屋町佐竹家は幡多信の創業者である貞広家とも親戚関係になります。そんな繋がりもあって、新しい伝記を旧幡多郡の全ての小中学校に贈呈して下さる事になりました。
 贈呈された学校は、四万十市、宿毛市、土佐清水市、黒潮町、四万十町、大月町、三原村の小中学校です。大規模学校には2冊ずつ、合計100冊です。
 10月に入って事務局から各市町村の教育委員会を通じてそれぞれの学校へは届けられましたが、音次郎にゆかりがある竹島小学校・下田小学校・下田中学校には、幡多信用金庫の松田理事長と総務課長、音次郎会の浦田会長と事務局が直接訪問して、贈呈の時を持ちました。この3校にも2冊ずつ贈呈されました。

写真上:竹島小学校
写真中:下田小学校
写真下:下田中学校
























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2019.10.9 Wed 今年も竹島小学校6年生の総合学習で出前授業する

上の写真は教室の前で話をする事務局の瀬戸。その隣には中平副会長。さらに右隣に浦田会長。下の写真は授業の終わりにクラスを代表する児童が起立してお礼を述べている。同じく起立して謝辞を聞く事務局瀬戸と浦田会長。
 保育の父・佐竹音次郎の郷里・竹島小学校へ5−6時間目の総合学習に訪問しました。水曜日は短縮授業の日で、2時間といっても休み時間が5分、授業時間は45分なので正味90分です。
 写真の下側ではこの授業で唯一の板書が見えます。
 音次郎は預かった子供全員を「家族」として受け入れました。「だから孤児院とは呼ばなかった」という説明の時に書いたものです。音次郎は「私が父になるのだから、もうその子供は孤児ではない。保んじて育てる保育院だ」と施設の名称を変えました。これが音次郎の「聖愛主義」です。そのことを近年の社会問題となっている「孤独死」とも絡めて話しました。

 学級担任教諭との事前の打ち合わせでは、児童たちは音次郎の家族について知りたいとの事でした。その為、下の写真を資料の中に掲載して、次のような説明をしました。

 〜〜音次郎さんは自分の血のつながりの家族も大切にしたし、自分が預かった困っている人たちも家族と同じように大切にしたんだよ。それは音次郎さんが「家族写真」って呼んでいる写真を見たらよく分かるよ。
 この写真の中で、どの女の子が音次郎さんの娘か、判るかい? わからないよね。
 じゃあ、みんなはシンデレラを知っているかい? 私がもし、シンデレラの家族写真を見たら、私はどれがシンデレラか当てる自信があるよ。どうしてだと思う? シンデレラは一番ボロい服を着ていたからね。でも、ネズミが馬になって、カボチャが馬車になって、シンデレラはあとでキレイになるよね。
 音次郎さんはどの子供も大切にしたんだ。だから、自分の娘が花柄の服を着たら、預かったよその子だった子供にも、同じ服を着せてあげたんだよ。それが公平って言う事だよね。当たり前の話だよね。でも、大人になったら当たり前に思っていた事が、当たり前に出来なくなるって事がたくさんあるんだよ。でも、当たり前の事を、当たり前にできることは偉い事なんだよ。
 音次郎さんは自分が子供の頃、ずっと悩んでいたから、それが出来たんだと思うよ。自分が辛かった意味が、この為だったのかと、大人になって判ったからだと思うよ。〜〜

「最初期の家族写真の一枚、明治29年頃」と写真下の余白に書かれてある。腰越医院の中庭に作られた小児保育院の横で、和服を着た大人や子供が30人ほど写っている集合写真



























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2019.8.30 Fri 音次郎の新伝記「万人の父になる―佐竹音次郎物語―」が発売される

新刊・保育の父・佐竹音次郎伝記『万人の父になる』−佐竹音次郎物語−(横山充男著)の予約販売お知らせチラシ お問い合わせ⇒音次郎事務局(0880-33-0247若草園) 新刊・音次郎伝記『万人の父になる』−佐竹音次郎物語−(横山充男著)の出版祝賀会お知らせチラシ 開催日2019年11月3日(月)18時 新四万十ロイヤルホテル お問い合わせ⇒音次郎事務局(0880-33-0247若草園)

 新刊・音次郎伝記が滑w研プラスから出版されました。音次郎会が待望の新しい文献となります。著者は中村出身の児童文学作家 横山充男氏です。全国書店で購入する事ができます。音次郎会では地域おこしや地元貢献も目的がありますので、購入には地元の販売店をご利用下さい。
 また、有名通販サイトにてネット購入することも可能です。

 音次郎会では特価1,450円(送料&税込み)で頒布します。メールにてお問い合わせください。
 1冊だけの場合は振込手数料が152〜202円かかりますので、お近くの書店で購入される場合が安くなる場合もございます。
 事務局所在地においでくださる場合は、手渡し特価1,350円で頒布しております。
 (上記チラシは閲覧環境によっては一旦ダウンロードした上で保存して見なければ、うまく見えない場合がございます)


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2019.8.16 Fri 音次郎 没後79年 墓前祭を執り行う

牧師の司式によりキリスト教式で墓前祭が執り行われる 音次郎 墓前祭 2019
8月16日 金曜日あさ9時〜11時 竹島防災コミュニティーセンター集合(高知県四万十市竹島409) お問い合わせ⇒音次郎事務局(0880-33-0247若草園)
佐竹音次郎は四万十市竹島出身の社会事業家です。今の児童養護施設や乳幼児保育所に相当する施設に初めて「保育園」という名称を使ったので「保育の父」と呼ばれています。音次郎の墓は事業を展開した鎌倉市にありますが、本人の遺志により郷土の竹島墓地にも昭和41年に分骨されました。音次郎はどのような思いだったのでしょうか。墓前祭の後には、小さな学習会を防災センターで行います。みなさまのご参加をお待ちしております。  昨年は台風接近による荒天の中での墓前祭となりました。今年も台風10号が前日の午前中に豊後水道を北上し、午後、広島県に上陸しましたが、当日は台風一過の蒸し暑い晴天となりました。
 集合場所の竹島防災コミュニティーセンターは避難場所にもなっており、昨年も今年も、墓前祭の前日は避難所として開設されました。四万十市地震防災課の許諾によりこの会場を使用させて頂いておりますが、実際の管理は竹島地区に移管されております。地区長さんには毎年、連日にわたり防災センターを開放してくださっているご苦労に、感謝申し上げます。

 今年は、竹島墓地まで徒歩で移動して、分骨された墓石の前で記念式を執り行うことができました。

司式者:日本キリスト教団 高知中村教会
             内藤達也牧師

 また、墓前礼拝後は防災センターに戻り、新刊音次郎伝記の予約販売と祝賀会チラシの発送作業を行いました。音次郎会のメンバーや著者横山充男氏の関係者、そして全国児童養護施設協議会に加盟している児童養護施設602箇所の合計950通の封筒詰め作業をみんなで行いました。
 (のべ13人参加
   =墓前祭11人+発送作業10人)








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2019.6.14 Tue 講演会のもようが高知新聞に掲載される

高知新聞
2019年(令和元年)5月14日(火曜日)地域2(20ページ)
佐竹音次郎日誌で知る
保育の父 四万十市で勉強会
【幡多】四万十市出身で保育事業に力を注いだ佐竹音次郎(1864〜1940年)の日誌をひもとき、人柄を知ろうと、このほど、四万十市右山五月町の中央公民館で勉強会が開かれた=写真。
 音次郎は同市竹島生まれ。神奈川県鎌倉市に医院を開き、身寄りのない子どもを預かる「小児保育院」を1896年に併設。その後 は医業を親族に譲り、保育事業に専念した。
 勉強会は10日、音次郎の155度目の誕生日に合わせて、有志の「保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会」が開いた。
 日誌は昨年、同会が縁者から寄贈を受けたもので、県立高知城歴史博物館の渡部館長(56)が内容を紹介。1905(明治38)年の元日には、医業を譲り、保育事業に専念することについて「昨年 から決意を固めつつあった。今年こそ実現する」と記されており、渡部館長は「強い意気込みが感じられる」。
 参加者は「地元でも知名度はまだ低い。顕彰の機運を高めたい」と話していた。
(平野愛弓)
 音次郎生誕155年&音次郎会発足5周年記念講演「〜 開巻〜 音次郎史料」のもようが、高知新聞に掲載されました。
 (記事の引用について、高知新聞社 デジタル事業部に申請済み)

 なお、当日の資料などは研究材料に掲載されております。



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2019.6.8 Sat 6月定例会を開催

現在の四万十市中村京町に立つ石碑「ここから紺屋町」  音次郎会6月は「紺屋町音次郎の足跡」と題して、今までに音次郎会が調査してきた音次郎の紺屋町での足跡を浦田会長が発題しました。(14時から中央公民館にて開催)

 音次郎は明治と元号が変わる4年前の1864年、幡多郡竹島村(現在の四万十市竹島)に生まれます。7歳の時に紺屋佐竹家の養子となります。それ以来、実家の宮村家へ戻ったり、八束村へ婿入りしたりしますが、生涯「佐竹」姓を名乗り続けました。これは1つの音次郎研究をする上でのミステリーでもあります。

 少年音次郎が触れた中村の「お町文化」が、後の保育の父・佐竹音次郎を形成するために必要不可欠な資質を与えたと考えられます。

 音次郎は現在のどの場所の、どの家で佐竹少年として暮らしたのか? 音次郎が見た「お町・中村」はどうであったのか? 様々な史料をもとに歴史の謎に旅しました。

(11名参加)





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2019.4.27 Sat 2019年度 定期総会を開催

起立して総会を進行させる議長。史料寄付者から鎌倉名物鳩サブレーも贈られてきた  定例会で事前に検討した議案に従って、保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会 2019年度定期総会を中央公民館研修室において開催しました。

 今年度は役員改選の年でしたので、若干の異動がありました(役員名簿参照)。また去年の総括と新年の展望は事業活動計画から読むことができます。

 主な取り組み内容は、音次郎会は設立5年目の節目の年です。引き続き、保育の父の「心」を地道に伝える事を中心に活動をします。粘り強く、郷土に佐竹音次郎の「福祉の心」が広がるように取り組んで行きます。特に、子供に音次郎の「困っている人を助ける」という気持ちを伝えることを大切に考えたいと思います。

 総会では史料寄付者から贈られてきた鎌倉名物鳩サブレーも振る舞われました。

(15名参加)
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2019.4.13 Sat 2019年度 4月定例会を開催

音次郎講演会のチラシを分類する会員ら  新年度第1回目の定例会では、音次郎会新年度の取り組みについて活発な意見交換をして、4月27日の総会準備をしました。議論の末に導き出された事業活動計画は左の見出しにある事業活動計画から読むことができます。

 また、会議の後は「音次郎生誕155年&音次郎会発足5周年」ダブル記念講演会のチラシ配布準備をしました。今回は城博さんが講演して下さいますから、1人でも多くの方にご来場いただいて、聞いていただきたい思いで、チラシの四万十市全戸配布を計画しました。参加者皆さんの情熱にも感謝でした。

(9名参加)





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2019.4.8 Mon 高知城歴史博物館と今後の史料整備について打ち合わせる

狭い音次郎会資料室で歴史的資料を閲覧する渡部館長ら  再び、音次郎史料室に、高知県立高知城歴史博物館(通称:城博)館長と学芸員が訪れて下さいました。

 今回は、この貴重な歴史的資料をどのように整理していくかの打ち合わせと、5月10日の音次郎生誕日記念講演会の打ち合わせをする目的がありました。

 縁者からすべての史料が送られてきた以降に、まず目録づくりから着手する予定です。

 専門家による史料の整理作業は歴史研究をされる皆さんにとっても大変参考になると思います。日程が決まりましたら、皆さんにもお知らせいたしますので、自由にその光景を見学にお越し下さい。





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2019.2.21 Thu 高知城歴史博物館から学芸員が来訪する

狭い音次郎会資料室で歴史的資料を閲覧する城博学芸員ら  下田の若草園に間借りして保管しております音次郎史料の調査のために、高知県立高知城歴史博物館(通称:城博)から学芸員を含む2名が訪れて下さいました。

 今回は音次郎会に縁者から歴史的資料がたくさん寄贈されたことを受けて、その保存方法や今後の取り扱い方法を中心に手解きをして下さいました。音次郎会では史料の電子化をめざして皆様からの募金により高性能スキャナーを整備しましたが、その手前の段階を教授くださいましたので感謝でした。

 音次郎が子供の養育費を捻出するために書画会を開催しましたが、史料の中にはその奉加帳が含まれております(2月定例会の記事を参照ください)。それも貴重なのですが、むしろ1905(M38)年から1939(S14)年にかけて書かれた31冊の日誌が近代史研究の上で価値が高いと判断されるとの見解も示されました。

 相対的に今回寄贈された資料の保存状態は良いのですが、原本保存のために一層留意する必要があることが判りました。いずれにしましても、今後、電子化した物をふだんの研究に用い、原本保全に努めます。

 城博では平成31年度にも音次郎史料の調査を計画に入れて下さり、4月以降に再び継続的に調査して下さることになりました。

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2019.2.9 Sat 2月定例会「芳名簿の解読〜経過報告〜」

日外アソシエーツ社の「明治大正人物事典 T政治・軍事・産業編」および「U 文学・芸術・学術編」

 寄贈された音次郎史料を読み解いて、音次郎が展開した事業の概要を研究する事は、音次郎の繰り広げた子供救済事業を具体的に知り、深め、音次郎の福祉の心に触れる事につながります。

 今回は音次郎が開催した書画会の芳名録(奉加帳)2冊の電子化が完了しましたので、それを元にそこに記録されてある人物を調査しました。その研究経過が中平副会長より報告されました。

 音次郎の書画会は1905(M38)年に第1回が開催されており、それ以降は継続して開催され、音次郎在世中に20回程度開催されたと推測されます。今回音次郎会が入手できた奉加帳はその内2冊だけです。残念ながら第1回の物はなく、第2回か3回のもの1冊と、第4回と明示された奉加帳の2冊です。前者は第2回と3回や賛助会員名簿などを合本されたような内容です。

 2冊合わせて書画を提供して下さった延べ467名の氏名と提供する書画の枚数が記載されています。音次郎会では人物調査のために日外アソシエーツ社の「明治大正人物事典 T政治・軍事・産業編」および「U 文学・芸術・学術編」を活用しました。今の時代インターネットで人物調査をする事も可能ですし、またそれを活用することによりより詳しく調べられる場合もあります。今後、音次郎会としての史料展示なども合わせ考えて、写真の人物事典は参考資料として購入し、史料の参考書として共に保管しておくことにしました。

 今後、音次郎会と世の中の様々な研究をされている方々とのつながりの為にも、ここに掲載されている人名すべてを情報として発信していきたいと考えています。現在、名簿を活字化作業中ですので、しばらくお待ちください。

(6名参加)

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2019.1.1 Tue 音次郎会から年賀状

各代表者の顔写真が載っている。  寄贈された音次郎史料第3弾の中に、鎌倉保育園の年賀状がありました。これは1928(昭和3)年のものです。

 新年の御慶び千里同風 重畳(じゅうちょう)目出度御祝ひ申し上げます。御蔭を以て私共、各地の事業も子供も皆、順調に発育しつつ、感謝致しております。尚、幾久しく御心添えのほど、偏(ひとえ)に御願い申し上げます。

 古い表現です。蛇足ですが、
  千里同風:千里四方に同じ風が吹く。世の中の太平なようす。
  重畳:幾重にも重なること。
 という意味です。

 差出人として、財団法人鎌倉保育園。下部にはそれぞれの支部代表者が並んでいます。
  鎌倉本部代表 佐竹音次郎
  京城支部代表 曽田嘉伊智
  旅順支部代表 佐竹昇
  台北支部代表 三井たま子

 なお、台湾支部(台北支部)の三井たま子さんの親族から、台湾支部設立に関する貴重な歴史的資料が届けられた記事が2018.12.5にございます。











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2018.12.8 Sat 12月定例会「続々届く!音次郎資料アラカルト」

 到着した史料第3弾の中から事務局の瀬戸の視点で、届いた史料を取り上げて紹介しました。
子どもの養育費捻出のために開催した書画会芳名簿と、その実物と推定される書画 地所売渡約定書と領収証 借用金証書とそれらが納められていた茶封筒、募金袋 宮内省からの下賜金目録と、昭和27年のお中元明細
(写真左端) 届けられた木箱の中には、2018.10.3 Wed記事「書画会芳名録が到着」でお伝えしました奉加帳に関わる品と推定される書画の実物でしょうか(?)、水墨画が1枚入っておりました。これについては落款などから今後、鑑定をしたいと考えています。
(写真左から2番目) 同じ箱の中にあった角2茶封筒には地所売渡約定書や領収証などがたくさん保管されていました。
(写真左から3番目) 「創立以来経営苦心の記録書類」という別の茶封筒には鎌倉銀行などの借用書がたくさん入っていました。封筒に書かれている通り、経営苦心の様子を感じ取ることができます。それと平行するように募金袋の現物も木箱の中にはありました。
(写真右端) また、木箱の中には1910(明治43)年に初めて受け取って以来、定期的に鎌倉保育園が頂戴していた宮内庁の下賜金の目録も多く含まれていました。届いた史料の中で最古のものでは、1924(大正13)年のものがありました。お中元手当(今で言う夏のボーナス?)の受領書もありました。

 また、鎌倉保育園の年賀状もありました。これは2019.1.1 Tueの記事で紹介させていただきます。
(4名参加)
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2018.12.5 Wed 台湾支部設立に関する資料が提供される

鎌倉保育園の台湾支部と現在の徳星幼児園。同じ建物を活用していることが建物の形状から見て取れる

 音次郎は鎌倉保育園の支部という形で朝鮮、中国、台湾に児童救済事業を展開しました。太平洋戦争の敗戦によってすべての海外支部から日本人は引き上げ、海外事業は収束しましたが、その後も事業がそれぞれの形で継承されている海外支部もあります。

 この日、音次郎会ホームページからメールが音次郎会に届きました。差出人は戦時中に台湾に渡った父母や祖父母のルーツ調査をされている方からでした。その方の大伯母さまが、なんと佐竹音次郎が台湾で開設した台湾支部長であったことが判明したと言うことでした(上記、2019.1.1 Tue「音次郎会から年賀状」に顔写真あり)。その関係から、音次郎が台湾総督府に提出した鎌倉保育園台湾支部の設立に関する資料の写しや、懐かしい当時の写真などを届けてくださいました。

 これは、音次郎会がインターネット・ホームページを開設してからのホームページ存在意義という点で最大の朗報と言えるでしょう。

 台湾支部は音次郎が展開した海外4支部の中でも特色がありました。鎌倉保育園の本部も他の3支部も、どちらかといえば保育園とは言え内容的には現在の社会福祉法上の分類で言うところの「児童養護施設」に当たる施設ですが、台湾支部は現在の分類で言うところの「幼稚園」に当たる施設でした(ただし児童養護施設の部門も存在していた)。この鎌倉保育園台湾支部は、事実上、台湾歴史上初の幼稚園となりました。その幼稚園は現在も同じ場所で私立幼稚園として事業が継承されています(上記の写真)。

 この台湾支部については、それだけで多くの興味深い内容を含みます。まず、台湾総督府が音次郎に提供した建物が舜帝廟(しゅんてい-びょう)という建物だったと言うことです。台湾総督府は1895(明治28)年に開庁しますが、その時、台湾の中心部に庁舎を建造するために舜帝廟を郊外に総督府が移設しました。音次郎はその舜帝廟の敷地を総督府に譲り受けて、その場所で児童福祉事業を運営しました。総督府がその台湾の史跡を音次郎に委ねたこと、また台湾住民の思いがそこにあったことも想像されますが、台湾支部での通所型児童福祉事業(=幼稚園)が盛況だったことなど、当時の台湾情勢について様々な示唆が与えられます。

 いずれ、音次郎会の研究が更に進めば、各支部の成り立ちと運営など、別個に研究題材となっていくでしょう。その足がかりとなる出来事でした。

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2018.10.28 Sun 横山充男交流会
横山充男氏と共に竹島にある音次郎史跡巡りをした写真。夢の碑と音次郎の墓石の前で笑顔の参加者6名  横山充男さんは少年時代を中村で過ごし、郷土の魅力をおりこんだ本をたくさん書いておられます。現在、音次郎会からの依頼を受けて音次郎の伝記を執筆してくださっています。

 今回、横山さんと共に音次郎の史跡巡りをして、夕食を共にする交流会を企画しました。

 横山さんは当日の午前中、四万十市図書館でも講演をなされ、その中で保育の父・佐竹音次郎についても触れて語ってくださいました。このように音次郎を研究する人の輪が広がっていることを音次郎会としてもうれしく思います。

(史跡巡り6名+交流会8名参加)




















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2018.10.18 Tue 竹島小学校へ出前授業
竹島小学校6年生教室で保育の父・音次郎の話をする事務局 瀬戸と中平副会長  音次郎の生家のある四万十市立竹島小学校の6年生学級から、保育の父・音次郎についての出前授業の依頼があり、音次郎会から学校を訪問しました。

 竹島小6年生教室では総合学習で佐竹音次郎を取り上げていて、私たちが訪問したときには既に竹島にある音次郎の史跡巡りは先行して完了していました。その時の記念写真が教室の後ろの黒板に掲示されていました。また、竹島小学校の階段踊り場の各種情報コーナーには「郷土の偉人に学ぶ」として、音次郎が紹介されており、音次郎会が制作したリーフレットなどが掲示されていました。

 今回の総合学習の時間は3−4時間目とたっぷり取ってくださっていて、事前に伺っていた子供たちが疑問に感じていた事などを取り上げながら、音次郎の全般的な話をしました。

 佐竹音次郎は本年度制作された 「高知の道徳」 にも紹介され、高知県下の小中学校全児童に配布されています。これからも保育の父・音次郎に関心を持ち、道徳や総合学習の題材に取り上げて頂けるようにと願っています。

(音次郎会2名+6年生11名+担任1名 出席)










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2018.10.13 Sat 10月定例会「桑原戒平と沖本忠三郎」
上半分、会議テーブルを四角に並べて、発言している田中全氏。下半分、10月行事のチラシ  桑原戒平と沖本忠三郎は佐竹音次郎・熊夫妻にとって大変ゆかりのある人物です。

 戒平は音次郎が上京した時、音次郎を書生として向かい入れ、巣鴨小学校で勤務するように導きました。その後、戒平は音次郎の居る鎌倉へ転居し、晩年は音次郎と家族同様に交流をして、共に鎌倉教会で信仰生活を過ごしました。

 忠三郎は熊の父です。四万十市間崎から鍋島に一家で転居し、その後、仕事の関係で全国を転々とします。この時代に娘達にも高等教育を施していた忠三郎ですが、まだその人物像は明らかになっていません。長女の幸子は音次郎が開いた腰越医院を引き継ぎ、音次郎を背後から支えました。この忠三郎一家の墓は鎌倉にあります。

 戒平と忠三郎も軍人の時代、上司と部下の関係がありました。また、戒平は音次郎が宮村家から佐竹家へ養子となってもらわれて行った家系とも関わりがあったことも判りました。動く歴史と家系存続の血筋を守る攻防の中、音次郎が佐竹姓を名乗り、生涯その名前を貫いて活動した沿革を描いてくださり、歴史ミステリーを感じるひとときとなりました。
(16名参加)








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2018.10.3 Wed 書画会芳名録が到着
 音次郎会では念願だった音次郎の貴重な歴史的資料が、佐竹家縁者より寄贈されることになり、8月以降、続々と事務局に到着しております。これから目録を作成して系統的に整頓して管理していく予定です。

 その中でも、今回は特に歴史的な価値が高いと思われる「芳名録」を紹介します。

 音次郎は腰越医院を設立する傍ら、困っている母子に見かねて「小児保育院」の看板を掲げて保育事業(現在の児童養護施設)に着手します。ところが、不幸なことに院内感染により預かっている子供と自分の実子を亡くしてしまいます。痛恨の念に駆られた音次郎は一念発起し、保育事業に専念をします。これまでは医業で養育費を創出していましたが、縁故者からの提案により有名人の書画を頂いて集め、書画会を開催し、そこでの販売益で養育費を捻出するようになります。

 この芳名録には、当時の有名人の名前が数多く登場します。音次郎が如何にたくさんの人々から賛同を得て、小児救済の事業に邁進していったかが手を取るように判ります。

 この史料も募金によって購入できたスキャナーにより、電子化をしていく予定です。次回のメールマガジンで詳しくお知らせしますが、電子化にはたくさんの人手が必要となります。貴重な歴史的資料の電子化作業に協力してくださるボランティアを募集する予定です。

 これからも保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会にみなさまのお力添えを、よろしくお願いいたします。

 写真ををクリックすれば拡大してみることができます。

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2018.9.11 Tue 高知新聞 厚生文化事業団の助成が決定
 音次郎会では設立以来の取り組み目標にしておりました「音次郎に関する資料の整備」ですが、このほど、高知新聞 厚生文化事業団の助成金事業として認可され、補助を受けて音次郎を紹介するリーフレットを作成することになりました。

 高知新聞幡多支社から取材に来られて、活動内容を記事にしてくださいました。

 下の写真ををクリックすれば新聞の切り抜きを拡大してみることができます。
(紙面の引用について、高知新聞社デジタル事業局デジタル編集部の許諾済み)

 この件に関してはメールマガジン8号に詳しく掲載しております。



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2018.9.6 Thu 日誌や書簡寄贈 2018年9月6日高知新聞切り抜き

 音次郎会に貴重な歴史的資料が縁者から寄贈され、この吉報を高知新聞幡多支社が取材に来てくださり、記事にしてくださいました。 →「ここ」←をクリックすれば拡大してみることができます。
(紙面の引用について、高知新聞社デジタル事業局デジタル編集部の許諾済み)

 また、新聞記事でも取り上げていただいておりますが、この重要書類を安全に保存し、研究のために多くの人が閲覧できるように、音次郎会では電子化することにしました。そのために必要なスキャナー(読み取り機械)を購入するための緊急募金をお願いすることになりました。2018年10月末までに目標金額20万円で募集したところ、ほぼ目標が達成され、購入することができました。ご協力を感謝いたします。


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2018.8.17 Fri 緊急臨時三役会 開催
 音次郎会では設立以来の取り組み目標として「貴重な歴史的資料の収集」を挙げておりました。この日、佐竹音次郎の貴重な歴史的資料<第1弾>が縁者から寄贈され、到着しました。これを受けて緊急臨時三役会を開催して、保存方針など基本的な事柄を話し合いました。

 現在、音次郎会の事務局連絡先である「若草園」にて一時的に収蔵しております。

 また、この重要書類を安全に保存し、研究のために多くの人が閲覧できるように、音次郎会では電子化することにしました。そのために必要なスキャナー(読み取り機械)を購入するための緊急募金をお願いすることになりました。2018年10月末までに目標金額20万円で募集したところ、ほぼ目標が達成され、購入することができました。ご協力を感謝いたします。

 写真をクリックすれば、史料到着後の様子が見えます。

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2018.8.16 Thu 没後78年記念 墓前祭2018 開催
当日はあいにくの荒天となり、13名の参加でした。
墓前礼拝とのことですが、墓は山の上で狭く、防災センター内で実施しました。
また予定していた史跡巡りも、安全を考慮して中止しました。

下のチラシをクリックすると当日の様子が見えます。
発見! 音次郎
Discovery of Otojiro
夏休み特別企画
墓前祭2018
来年の5月には平成から新しい元号に変わるけど、明治って時代があったの知っている? それは今から150年も昔。高知県では今、志国高知 幕末維新博をやっているね。江戸時代から近代に変わったのが明治時代だよ。その頃、高知県でもたくさんの人が活躍したんだ。その中の1人に竹島生まれの「佐竹音次郎」がいるよ。でも音次郎さんは、まだ坂本龍馬ほど有名じゃないんだ。一体どんな人なんだろう? 竹島の山をピクニックして、この夏、音次郎を発見する冒険に出かけよう! お友達もさそって、おうちの人といっしょに来てもいいよ。
8月16日 木曜日 あさ9時〜11時 竹島防災コミュニティーセンター集合(高知県四万十市竹島409)
参加申し込み不要、当日、直接現地集合
お問い合わせ⇒音次郎事務局(若草園 電話0880-33-0247)
持ち物:「高知の道徳」(持っている人だけ)、汗ふき、飲料水
服装:山歩きできるもの
保護者の皆様へ:このプログラムは「保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会」の主催で、地元の偉人・佐竹音次郎の足跡を地域の方々に広める活動の一環として企画しました。お子様だけの参加も、保護者だけの参加も歓迎します。佐竹音次郎はキリスト教徒でしたので、墓前祭はキリスト教式で執り行われます事を、あらかじめご了承下さい。


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2018.6.8 Sat 6月定例会「紺屋町佐竹家の系図」 今回引用された本の表紙画像。右から縦書きで昭和50年11月、紺屋佐竹家の歴史、上岡正五郎編、と書かれています。また、画像をクリックすれば音次郎の載っている系図が表示されます。申し訳ございませんが、系図にはアイパートナーが付け加えられておりません。
 今回はテーマを「紺屋町佐竹家の家系図」とし、紺屋町(現在の京町)出身の浦田一雄会長に語って頂きました。
 参考資料として提示された上岡正五郎編「紺屋佐竹家の歴史」(1975[S50].11発行)に掲載されている家系図から、音次郎に関する部分を取り上げて、音次郎研究の基礎資料に加えました。この本では音次郎がなぜ佐竹を名乗り続けたかのヒントもありました。また、育ての母・馬の素性や離縁された日付などが判りました。
 上岡正五郎氏は音次郎の父・宮村源左衛門を「源右衛門」と書き間違えています。この本でで引用している「中村市史」でも同じ間違いをしている事から、市史編纂にも上岡氏が関与した可能性がでてきました。乾綾雄氏は情報提供をしただけか? など、疑問が膨らみました。ちなみに乾氏の著書では「源左衛門」となっており、正しいのです。
 四万十市立中央公民館 3F 研修室3にて開催。
 8名参加。

          本の表紙をクリックすれば、音次郎が           掲載されている部分が読めます。  ⇒
         (上岡氏が書き間違えた部分は
          訂正して掲載してあります)



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2018.4.26 Thu 高知新聞K+の幡多偉人伝に掲載
K+の記事。5000人の困った人を助けたなど、音次郎の活躍した記事がある。最後には平成の時代、現在の保育事情を音次郎はどう見守っているだろうかと締めくくられている。

高知新聞社発行の新聞折り込み広報誌「K+」の連載記事、「幡多IJIN偉人伝」に佐竹音次郎が取り上げられました。ライターの中平直さんは取材にあたり音次郎事務局を訪問して下さり、詳しく取材をして、音次郎の当時の事、そして平成の保育事情と関連づけて興味深く音次郎を紹介して下さっています。







(記事の引用掲載について、高知新聞社 営業局 営業推進部の許諾済み)






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2018.4.21 Sat 2018年度 定期総会を開催 総会の様子。ロの字型に会議用テーブルが6つ並べられており3人の男性の背中から正面へ向かって撮影。右手にはブラインドが上げられて、窓も開けられ、やわらかい春の日差しとそよ風が会議室に入ってきている。

議案1 2017年度の活動報告・収支報告
議案2 2018年度の活動計画・予算案
議案3 会則の改定
音次郎会4年目の総会を開催し、上記の議案が承認されました。活動報告と活動計画について、詳しくはこちらをご覧下さい。また、ご希望の方には5月10日の講演会(音次郎交流会)にて議案書をお渡しします。また、その後に発行します会報でも詳しく報告させて頂きます。14名参加。

◆今後の開催日程
 6月 9日(土) 定例会    14〜16時 公民館3階 研修室3
 8月16日(木) 没後78年墓前祭 9〜12時 竹島防災センター集合/竹島墓地
10月13日(土) 定例会    14〜16時 若草園
12月 8日(土) 定例会    14〜16時 竹島防災センター
 2月 9日(土) 定例会    14〜16時 公民館3階 研修室3

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2018.4.13 Fri 田内千鶴子⇔佐竹音次郎 時代を超えた愛の架け橋の集い 旧竹島神社(廃殿)の敷地内にある音次郎が建立した夢の碑の前で説明に聞き入る参加者達。 高知出身・田内千鶴子さんの長男「保育の父」佐竹音次郎の墓へ
地元メンバーとともに佐竹音次郎の墓を訪れた田内基さん=中央(四万十市竹島)
 韓国で多くの孤児を育てた「木浦(モッポ)の母」田内千鶴子さん(高知市出身)の長男、田内基さん(75)が13日、「保育の父」佐竹音次郎の出身地、四万十市竹島を訪問した。音次郎の顕彰活動に取り組む地元メンバーらと交流し、児童福祉の精神などを語り合った。
 基さんは日韓交流に携わりつつ、両国で福祉施設の運営などに尽力。医師だった音次郎は約120年前、身寄りのない子どもを預かる小児保育院を神奈川県鎌倉市に開設し、児童施設の名称に初めて「保育」を使ったとされる。
 千鶴子さんら土佐の社会事業家を研究する高知大学地域協働学部の玉里恵美子教授が、交流のある基さんに音次郎の業績を紹介。音次郎が設立した鎌倉保育園は韓国にも支部を設けていた縁もあって、基さんの来訪につながった。
 市民有志でつくる「保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会」の案内で、基さんは音次郎の墓や生家、辞世の句を刻んだ碑などを視察。「音次郎には鎌倉に立派な墓があるが、小さくてもいいから父母の側で眠りたいと願ったため、竹島にも墓がある」といった説明に聞き入っていた。
 基さんは「母は海の向こうに高知があると言っていた。古里を愛し人間を愛する心は音次郎とも相通じる。福祉は地元の理解と支援が大切。こちらの人々の素朴さに触れ、私も学ばねばと貴重な時間になった」と語った。
 「保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会」の浦田一雄会長(65)は「子どもを愛する2人の心は古里の風土に育まれたのだと感じた。われわれの使命として音次郎の精神を広めていきたい」と、活動の拡充に意欲をみせていた。(兵等剛)

音次郎と田内千鶴子は同じ高知県で生まれ、違う時代〜それぞれ日本の転換期〜に子供を守るために活躍しました。今回、音次郎会では、田内千鶴子の長男・田内基氏をお迎えして歴史的な交流を実施しました。
当日の様子が高知新聞に掲載されました( 記事のホームページ引用について、高知新聞社デジタル編集部の許諾済み)。13名参加。
























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2018.2.10 Sat 第5回定例会を開催 音次郎第5回定例会のチラシ。上に空色に縁取りされた飾り文字で「第5会 定例会の案内」とあります。画像はすべて文字で、12ポイントの文字でこう記されています。新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくおねがいいたします。音次郎会3年目も大きな成果が得られて年度末を迎えました。1年を振り返り、新しい年度に向けて計画をおこす大切な話し合いを持ちたいと思います。委員の皆様各位も時節柄たいへんお忙しい事と承知しておりますが、「保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会」の発展のために万障お繰り合わせの上ご参加下さいますよう、お願い申し上げます。日時2018年2月10日(土曜日) 14〜16時 場所 四万十市立中央公民館3F 小会議室U

今回は次年度の事業計画など、事務的要素が強い討議事項が多かったため、音次郎会役員のみに案内して開催した委員会となりました。
2018年度も5月10日(水)の音次郎誕生日に講演会を開催することが大筋で決まりました。
会員定期総会は4月21日(土)です。いずれも、中央公民館の開催です。いずれも午後2時からです。

また、新年度からは定例会をその名の通り「定例化」することが話し合われました。音次郎会の開催がますます計画的になります。4月から4年目になる音次郎会に、ますますご期待下さい。7名参加。


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2017.11.25 Sat 第4回定例会を開催 音次郎第4回定例会のチラシ。左上には音次郎の写真。中央に大きく音次郎会 定例会#4と書かれています。右上には鎌倉の地図と、鎌倉を走る江ノ電の写真があります。左下には会場の地図があります。書かれてある文字は次の通りです。11月25日土曜日 午後2時〜4時竹島防災コニュニティーセンター(高知県四万十市竹島409)。「保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会」では発足3年目にして初めて、音次郎が活躍した鎌倉の地を踏みました。関係各所を表敬訪問し、わずかな時間ですが音次郎の足跡を探訪しました。今回の定例会は、その旅の収穫をみなさんと分かち合う「鎌倉報告会」として計画しました。音次郎自伝『聖愛一路』の風景を語り伝える機会と致します。『聖愛一路』の冒頭で紹介されている「街の人気者、タネさん」が口ずさんだ讃美歌を再現する時も持ちます。みなさまのご参加をお待ちしております。

ふたたび下田地区竹島防災コミュニティーセンターにて開催しました。この場所は音次郎が通い、また小学校教師の道が開いていった竹島小学校の跡地でもあります。今後は音次郎の地元でもありますので、この場所でも定例会を開催していきたいと考えています。鎌倉訪問ツアーの報告を中心に開催しました。詳しい内容は「メールマガジンvol.6」をご覧下さい。13名参加。







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2017.10.16-18 Mon-Wed 鎌倉訪問事業 鎌倉訪問事業の計画書表紙です。鎌倉訪問事業と上に大きく書かれています。その下に江ノ電がトンネルから抜けて走る写真。その下には漫画調の鎌倉の地図。一番下には2017.10.16月曜-18水曜と書かれています。
音次郎準備会当初から、鎌倉保育園の後進である聖音会や鎌倉在住の音次郎子息にはたびたび生誕地にお越しいただき、会の発展にご尽力いただきました。音次郎会の研鑽や史料発掘の目的も含めて、今年度は音次郎会として鎌倉訪問事業を計画し、実施しました。詳しい内容は「メールマガジンvol.6」をご覧下さい。4名で実施。



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                       旅の様子が見えます。




■□鎌倉訪問事業の土産話□■
↑こちらをクリックすれば読めます。
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2017.9.16 Sat 第3回定例会を開催 2017年第3回定例会の様子。中央に熱弁する中平副会長。ロの字に机が並んでいて、11人が座って話を聞いています。中平さんは両手を机にひろげてついて、座って話しています。その後には背の高い窓が3つ並んでいて、台風が接近している空模様がよく分かります。四万十川の水が増えているのも見えます。
今回は初めて試みとして下田地区竹島防災コミュニティーセンターにて開催しました。当日は台風18号が接近し、防災センター本来の目的である避難所として、会場が解放されました。しかし、幸い大した雨も降らず、避難する住民はありませんでした。高台の良い景色の中で学習会と定例会をもちました。今回は墓前祭で持たれた小学習会の続きで、中平菊美副会長から「夢の碑」について語って頂きました。11名参加。










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2017.8.16 Wed
 佐竹音次郎没後77年記念 墓前礼拝 墓前祭のプログラム。ユリの絵があるデザイン用紙に日時と場所が書かれています。用紙には聖書の言葉「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は死んでも生きるのです。ヨハネの福音書11章25節」が書かれています。
「保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会」が発足してはじめてなる墓前祭を実施しました。音次郎の墓は事業を展開した鎌倉市にありますが、本人の遺志により郷土の竹島墓地にも昭和41年に分骨されました。音次郎はどのような思いだったのでしょうか。墓前祭の後には、小さな学習会も竹島集会所で行いました。墓地には集会所から箱バンに分乗していきました。14名参加。



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                       会の様子が見えます。



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2017.6.3 Sat 第2回定例会を開催 2017年第2回定例会の様子。中央公民館3階の会議室。ブラインドが閉められていますが、外が明るいようで、隙間から光がたくさん見えます。斜め後ろからの写真で、写真の奥で事務局瀬戸が話しているのを13人が聞いています。一番手前には頭の薄くなった白いカッターシャツを着た人が座っています。
佐竹音次郎の甥にあたる乾綾雄さんの遺品から、綾雄さん宛の音次郎毛筆の手紙が新たに発見されました。この「音次郎3書簡」の1つを読み解き、『音次郎の夢』について事務局(瀬戸)が語りました。詳しい内容は「メールマガジンvol.5」をご覧下さい。四万十市立中央公民館にて開催。14名参加。













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2017.4.27 Thu 第1回定例会を開催
乾綾雄さん4男さんより遺品(音次郎からの書簡3通)を預かりました。保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会では音次郎史料や文献が少ないため、今後の発掘と刊行も運営の目的に加えております。このグッドニュースをきっかけに、今後の展開に大いに期待が膨らむ定例会になりました。また、講演会や新年度の役員体制、事業計画についても話し合われました。四万十市立中央公民館にて18時から開催。10名参加。

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2017.3.21 Tue 維新博看板設置される 維新博の音次郎看板。竹島集会所の川のほとりに、フェンスがあります。そこに1枚は固定されています。「佐竹音次郎 辞世の句碑」と書かれています。大きさは40cmかける18cmほどです。焦げ茶色に白い文字です。川の流れのような模様が入っています。もう1枚の写真は竹島神社入り口にある看板です。「佐竹音次郎 夢の碑」と書かれています。デザインは同じです。下から見上げた写真で、青空がバックです。
高知県では、大政奉還150年に当たる平成29年と、明治維新150年に当たる平成30年の2か年にわたって、歴史を中心とした博覧会「志国高知 幕末維新博」が開催されます。四万十市においても地域会場や周遊コースができています。音次郎会のPR活動の甲斐があって、この中で佐竹音次郎ゆかりの史跡が取り扱われています。県道20号下田港線に維新博の看板も設置されました。どこに設置されているか、現地を散策してみましょう。

開催期間 平成29年3月から平成31年1月まで
 第一幕:平成29年3月4日(土)から第二幕開幕まで
 第二幕:平成30年1月から平成31年1月末まで

しまんと特別企画展
 会 場:四万十市立中央公民館
 入場料:200円

維新博の公式ホームページがございます。
維新博は終了しましたが、自然&体験キャンペーンがスタートしています。
http://bakumatsu-ishinhaku.com/

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事務局

四万十市立中央公民館内
「保育の父・
 佐竹音次郎に学ぶ会」

連絡先

〒787-0155
高知県四万十市下田2211
若草園内

TEL 0880-33-0247