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┃保┃育┃の┃父┃・┃佐┃竹┃音┃次┃郎┃に┃学┃ぶ┃会┃★┃通┃信┃

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┃ ┃音┃次┃郎┃会┃◆┃I┃N┃F┃O┃◆┃v┃o┃l┃.┃1┃6┃

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          ホームページ:http://otojiro.link

            eメール:info@otojiro.link

     取引銀行 幡多信用金庫 下田支店 普通預金 88502

          (名義)保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会 会長 中平菊美

          ゆうちょ銀行 振替口座 01650-8-43162

          (名義)保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会

 

 先般の総会で報告されましたが、3月24日の竹島小学校卒業式で保育の父・佐竹音次郎

の伝記を卒業生全員にプレゼントしました。音次郎がそのむかし教師を務めた学校で

す。音次郎に縁がある下田小と八束小でも同日、卒業記念品として贈呈しました。ホー

ムページでは写真入りでその様子を伝えています。

 ちょうどこの日は世界結核デーでもありました。結核は今でも世界中で毎年100万人以

上が命を落としているとの事です。コロナ禍も終息の兆しが見えませんが、この1年半

で全世界で371万人以上もの方が亡くなりました。

 音次郎は医師として『結核征伐』を執筆しましたが、教師をしていて幼い命が病魔に

冒され犠牲になったことから、自分自身が最も良い形で世のため人のためになる道を探り

鎌倉保育園の設立という目標にたどり着きました。人にはそれぞれの人生の目標がある

でしょう。音次郎の足跡が1つのヒントになればと願います。

 

 保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会(通称:音次郎会)から会員の皆さまに会報(メール

マガジン)をお届けします。

 

◆◇INDEX◆◇

 

【1】2021年度音次郎会定期総会の報告

【2】2021年度活動「具体案づくり」作戦会議の開催について

【3】史料整理作業の継続実施について

 

――――――――――――――――◆◇◆◇

 

【1】2021年度音次郎会定期総会の報告

 

日時:2021(R3)年5月10日(月) 10-12時

場所:apiaさつき 2F事務所 会議室 (11名出席)

 

==式次第==

 

1 挨拶(安藤眞副会長)

2 講演『2020年度の研究成果、新発見!』(中平菊美副会長)

3 議長選出(岡本和也)

4 議事

5 議長解任

6 閉会挨拶(小椋茂昭副会長)

 

◆議案

 第1号議案 2020年度活動報告

 第2号議案 2020年度収支決算・監査報告

 第3号議案 2021年度活動計画

 第4号議案 2021年度予算

 第5号議案 役員の改選

 

==第1号議案 2020年度活動報告==

 

★2020年度活動方針

 

 設立満5年を迎え、郷土との定着という面では課題を覚えつつも、市民団体の活動と

しては毎年、一定の成果を残しつつ歩めた。

 昨年度1年間、会の運営基盤を改めて考え直した結果、事務局所在地の四万十市立中

央公民館との表記は、使用期限が切れることと有名無実化していることから、実態に合

わせて若草園へと変更することになった。また、運営資金は助成金と寄付金で確保され

ているものの、約100名の会員への資料送付や情報提供に年額約10万円が費やされてお

り、フェアに負担する意味合いからも、1人あたり年間1口1千円以上の寄付を呼びかけ

たい。

 寄贈された史料については高知城歴史博物館の支援を受けつつ、今年度中に電子化を

完了させるとともに、貴重な音次郎の史料を広く研究材料として用いられるように整備

したい。

 引き続き粘り強く、郷土に佐竹音次郎の「福祉の心」が広がるように取り組みたい。

 

<具体的目標>

 

1 高知城歴史博物館と連携をしつつ音次郎の史料整備をはかる。

2 プロジェクターで子供も大人にも分かりやすい視聴覚教材を制作する。

3 紙芝居、観光パンフレットを制作する。

4 音次郎の歌(演歌タイプとポップス版)の制作に取り組む。

5 定例会、総会、講演会、墓前祭を開催する。

6 会報(メールマガジン)を発行する。(3回を予定)

7 ホームページを充実させる。

8 会員を募集し、後継者の育成、組織の強化を図る。

9 ゆうちょ振替口座を活用した募金活動により運営資金を賄う。

 

●総括

 2020年は新しい感染症(コロナウィルス Covid19)の全世界的な蔓延のため、ここ四

万十市中村でも活動自粛を余儀なくされた。定例会、講演会は中央公民館の建て替えと

も重なり活動の場所を失った事と、社会的な情勢を考慮して開催を見送った。

 一方で、優先的課題となっている史料整理作業については、事務局所在地の若草園内

に間借りしている音次郎資料室で取り組めた。高知県立・高知城歴史博物館さんの絶大

なる支援と、のべの164名の外部ボランティアによる作業で順調に進んだ。

 とりわけ、日誌(原本)すべてを城博さんが電子化してくださった事は特筆に値する。

 ホームページの年間アクセス数が前年度は減少していたが、今年度は巣籠もり生活の

影響か、回復した。

 地元小学校卒業生への記念品として、読みやすい横山氏の新伝記を贈呈する取り組み

が新たに始まった。まずは音次郎に関わりが強い竹島・下田・八束の3小学校から実施

した。

 運営資金の確保については、昨年度の総会報告で自主的に寄付してくださった個人と

団体と、秋口の会員への寄付金募集により潤沢に寄せられて感謝だった。

 対外的な活動としては停滞は否めないが、中身を充実させる取り組みに傾注でき、成

果のある1年となった。

 

◎ 活動日誌 ◎

 

4. 6(月) 総会の案内を会員に発送する

メールマガジン(機関誌)Vol.12発行

4. 7(火) 監査、3人出席

4.11(土) 定期総会開催予定がコロナウィルスにより急きょ中止、4人出席

4.25(土) ホームページ更新①

5.10(日) 浦田会長勇退する

6.25(木) 四万十市文化複合施設ワークショップに参加(瀬戸)

7.12(日) 臨時三役会開催(コロナ渦中での活動方針の策定)

7.25(土) メールマガジン(機関誌)Vol.13発行

7.29(水) 定期総会開催、4人出席

8. 3(月) 四万十市文化複合施設ヒアリング(瀬戸)

8. 4(火) ホームページ更新②

8.11(火) 墓前祭と総会報告を受けて寄付が相次ぐ(合計66万円)

8.16(日) 佐竹音次郎召天80年記念会(7名参加)

8.21(金) 音次郎墓地について菩提寺住職と電話会談する

8.24(月) 8月臨時定例会「城博学芸員と史料整理②」7人出席

ホームページ更新③

8.27(木) 高知新聞に城博との史料整理の記事が掲載される。

幡多信用金庫口座名義を中平副会長に変更する。

9. 4(金) ホームページ更新④

9. 6(日) 音次郎新伝記「万人の父になる」が第6回児童ペン賞・大賞を受賞

9.10(木) 高知新聞と読売新聞に児童ペン大賞受賞の取材を受ける(中平、安藤、瀬戸)

9.22(火) 9月臨時定例会「城博学芸員と史料整理③」7人出席

城博が日誌31冊を持ち帰り電子化に着手

9.27(日) 高知新聞に「児童ペン賞佐竹音次郎伝記が大賞」記事が掲載される

9.30(火) ホームページ更新⑤

10.14(水) dōTERRA JAPAN當真氏とボランティア作業打ち合わせ(瀬戸)

11. 5(木) dōTERRA JAPANボランティアによる史料整理作業(第1回)

11. 7(土) 読売新聞に「児童ペン賞保育の父伝記が大賞」記事が掲載される

11.10(火) dōTERRA JAPANボランティアによる史料整理作業(第2回)

11.26(木) dōTERRA JAPANボランティアによる史料整理作業(第3回)

12. 1(火) メールマガジン(機関誌)Vol.14発行

ホームページ更新⑥

12.10(木) 記者会見案内(12月定例会)をメディア各社にFaxする

12.16(水) 12月定例会を中止するハガキを会員に発送する

12.18(金) 城博との史料整理作業を計画するがコロナ対策で中止

1.17(日) 音次郎の次女・伸の次女・西村和子さんが没する

1.21(木) 西村和子さん通夜、翌日告別式。音次郎会より花を贈る

2. 3(水) 臨時三役会(年度総括と新年度計画の素案作り)

2. 8(月) 小学校卒業式へ新伝記贈呈について四万十市教育長と会談(安藤、瀬戸)

2.11(木) ホームページ更新⑦

記者会見案内(3月定例会)をメディア各社にFaxし、郵送する

3. 4(木) 宿毛歴史館訪問し歴史研究の交流を申し出る(中平、瀬戸)

3.11(木) 3月臨時定例会「城博学芸員と史料整理④」12人出席

3.12(金) 調査カード第1弾を四万十シニアネットワーク川山代表が電子化奉仕完了

3.15(月) ホームページ更新⑧

3.21(日) 高知新聞に「佐竹音次郎史料ネット公開」記事が掲載される

3.24(水) 竹島・下田・八束3小学校卒業生に新伝記28冊贈呈(中平、安藤、瀬戸)

臨時三役会(新年度事業計画、総会打ち合わせ)(中平、安藤、瀬戸)

3.31(水) 高知新聞に「佐竹音次郎史料の伝記寄贈」記事が掲載される

 

●各行事への参加者数 ホームページ閲覧カウンタ履歴

 2019年度 2020年度 増減

4月定例会 9 4 -5 トップページ 924 +113

総会 15 4 -11 英語 14 -8

生誕講演会 36 - -36 韓国語 7 -4

6月定例会 11 (8月) 7 -4 中国語(繁体) 29 +10

墓前祭 13 7 -6 中国語(簡体) 8 -6

10月定例会 8 (9月) 7 -1

12月定例会 6 - -6 ※上記の数字には事務局が運用上

2月定例会 13 (3月)12 -1  アクセスした約3カウント分も

 合 計 111 41 -70  含まれています。

講演会除く 75 41 -34  +/-は昨年比です。

 

==第2号議案  2020年度収支決算報告==

 

   <収入の部> <支出の部>

繰越金  394,099 講演会      0(開催中止)

活動収入 1,070,506 墓前祭   10,000(司式謝礼)

 助成金  100,000 印刷費   32,871(会報等)

 寄付金  700,000 通信運搬費   48,360(会報等発送)

 募金  237,320 広報費 172,186(新伝記100冊購入費等)

 本代   33,500 消耗品費   6,640(参考図書等)

 預金利息     4 雑費   3,517(振込手数料等)

予備費  816,000(看板設置資金定期)

次年度繰越  308,522

 合  計 1,464,605  合  計 1,464,605

(本年度の収支   721,423)

 

●監査報告

 

 2021年4月13日までに浜口貞雄・平岡和好両監事によりコロナのため個別で活動内容、

会計の監査を受け、不備のない点は認められております。

 

==第3号議案  2021年度 活動計画==

 

 今年度から具体的目標を、今年度の重点目標と継続的目標に分けて取り組むことにな

りました。

 

★活動方針

 

 この巣ごもり活動の時期を好機と捉え、縁者から寄付された貴重な資料の解読などの

研究活動を中心とした一年にしたい。

 昨年度は手始めに奉加帳をインターネット公開をしたが、今後、多角的に研究が進化

することを期待し、順次、公開可能な資料を掲載していきたい。

 地元の児童文学作家・横山充男氏による音次郎生誕日記念講演会は、感染症が落ち着

くまで実施できない。しかし昨年は新伝記を小学校卒業式に贈呈した。

 卒業記念品贈呈活動は、資金協力を呼びかけつつ範囲を広げ、「ふるさと教育」の一

環として地域貢献したい。そのことにより「音次郎の福祉の心の普及」を図りたい。

 

<今年度の重点目標>

 

1 資料整備を図る。(2年目)

2 竹島地区の音次郎遺跡へ観光案内板を設置する。

3 四万十市郷土博物館「まちの偉人伝」に音次郎を取り上げてもらえるよ

うに、掲示案を持って交渉にあたる。

4 音次郎視聴覚教材の制作するための構成を練り上げる。

5 研究及び閲覧の為に日誌原本の複写本を作成する。

6 日誌原本で新版日誌に記載されていない部分を明らかにする。

 

<継続的目標>

 

1 郷土の先人・保育の父・佐竹音次郎としてふるさと教育に取り組む。

2 ホームページを充実させる。

3 会報の充実を図る。

4 会員を募集し、後継者の育成、組織の強化を図る。

5 ゆうちょ振替口座を活用した募金活動により運営資金を賄う。

 

●年間活動計画

 引き続きコロナ終息が長引いていることから、年度内の例会は事務局所在地若草園で

保存してある史料整理を中心に活動したい。

 

==第4号議案  2021年度 活動予算==

 

   <収入の部> <支出の部>

繰越金 308,522 講演会 0(コロナのため延期)

活動収入 411,478 墓前祭 0(コロナのため休止)

 助成金 100,000 運営費 720,000

 寄付金 100,000  印刷費 50,000

 募金 200,000  通信運搬費 60,000

 その他 11,475  会議費 10,000

 預金利息    3  広報費 200,000

 備品費 150,000

 消耗品費 20,000

 雑費 10,000

 交通費 20,000

 予備費 200,000

 合  計 720,000  合  計 720,000

 

※ 科目間の過不足を生じた場合は相互流用を認めるものとする。

 

==第5号議案 役員の改選==

 

 会則による役員改選年のため、新年度は下記役員が選出された。

 

現行

会 長 中平菊美 (元竹島小学校長、音次郎研究家)

 

副会長 安藤 眞 (音次郎子孫)

副会長 小椋茂昭 (元若草園理事長)

 

委 員 渥美武男 (音次郎子孫)

委 員 兼松 成 (音次郎分家子孫)

委 員 佐竹和平 (鎌倉音次郎子孫)

委 員 安田 啓 (竹島区長)

委 員 北代 大 (竹島小学校長)

委 員 黒岩 譲 (元竹島小学校長)

委 員 岡村冨美孝(元竹島小学校教諭)

 

監 事 浜口貞雄 (元若草園を支える会副会長)

監 事 平岡和好 (栄光会理事長)

 

事務局 瀬戸雅弘 (若草園職員)

事務局 所谷 英 (若草園職員)

 

任期 2021.5.10~2023年総会まで(2年間)

 

 

――――――――――――――――◆◇◆◇

 

【2】2021年度活動「具体案づくり」作戦会議の開催について

 

日時:2021年6月19日(土)10:00-12:00

場所:音次郎会事務局(下田の若草園 西棟1階)℡ 33-0247

 

 音次郎会では新年度を「巣ごもり活動の好機」と捉え、寄付された貴重な資料の解読

などの研究活動を中心にする一年の目標に定めました。同時に、維新博が終わってから

手つかずになっている史跡への案内看板設置や、視聴覚教材の製作、「まちの偉人伝」

での展示に向けた企画立案など、多くの方のお知恵とアイディアを必要としています。

 そこで、ワークショップ形式で活動への取り組み会議を行います。みなさまのご協力

が必要です。よろしく御参加くださるようお願いいたします。

 当日、会場にも衛生用品は揃えております。感染予防対策を充分に講じた上で実施し

たいます。

 

 同封のチラシをご覧下さい。

 

 

――――――――――――――――◆◇◆◇

 

【3】史料整理作業の継続実施について

 

 縁者から寄贈された貴重な音次郎に関する歴史的資料の整理作業は高知城歴史博物館

さんの御協力のお陰であともう少しとなりました。今年度も引き続き実施いたします。

 高知県内のコロナウィルス感染者の状況によって、開催時期を調整しております。

 開催できるようになりましたら、会報、インターネットホームページにてお知らせい

たします。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 現在の会員数 91 名 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

2021.6.4 Fri

 

  日本で初めて「保育」という言葉を生み出した「佐竹音次郎」に関心のある方、

 入会希望者のご紹介など、お気軽にご一報ください。事務局から案内をお送りしま

 す。高齢化により、会員数が自然減している現状です。

 

  ┌──────────────┐

  │保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会│ 会長 中平菊美

  └──────────────┘

 各種お問い合わせは →→→ 四万十市下田2211(若草園内)

                0880-33-0247 瀬戸へどうぞ♪

  ホームページ:http://otojiro.link eメール:info@otojiro.link

 

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┃保┃育┃の┃父┃・┃佐┃竹┃音┃次┃郎┃に┃学┃ぶ┃会┃★┃通┃信┃

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┃ ┃音┃次┃郎┃会┃◆┃I┃N┃F┃O┃◆┃v┃o┃l┃.┃1┃6┃

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                              ┃別┃冊┃

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          (名義)保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会

 

【読み物シリーズ 2】

 

     「藤ノ川の石碑が佐倉宗吾と

佐竹音次郎をつなぐ!」

 

作:中平菊美

 

 四万十市西土佐の藤ノ川を訪れたことはあるでしょうか。国道441号線からの地区

への入り口は狭く、また行けども行けども人家を見ないことから、本当にこの先に集落

があるのかと思わされるでしょう。ところが集落に至るやいなや、山間地としては想像

できない程の水田が広がっていることに驚かされるし、豊かな暮らしぶりを感じさせら

れるのです。

 この藤ノ川のほぼ中央部に建つ河内神社の境内に「今城又兵衛記念碑」という石碑が

あり、そこには次のように刻まれています。

『今城又兵衛記念碑

翁ハ宝暦元年生ル性剛直情深ク先代で××里庄トナル当時作物ハ猪鹿ノ為大半ヲ乱サ

レ部民生活ニ窮ス翁之ヲ救フ為免租ノ出願数回辛フジテ半免容赦トナリ民ノ為ニ安ズ天

明七年ヨリ××四十四年ニシテ取消サル同時ニ御郡方ヨリ猪鹿ヲ防グ為濠及石垣ヲ造ラ

ル尚補米八石五斗ヲ賜ハル事三十年補米ニテ貧困者ヲ救ヒ余ヲ積立テ文久元年寺田及ニ

ノ又ノ原野六反ノ美田ニ拓キ得其偉功佐倉ニ比ス依テ永久ニ伝フル為是ヲ建設ス

大正十一年二月七日  紀元二五八二年

藤ノ川部民』

                             (註:×は読めない字)

 

 今城又兵衛記念碑を初めて見たのは1989年(平成元年)で、初めて訪れた時に強

く感じた「広い水田と豊かな暮らしぶりの予感」は、どうもこの碑がきっかけになって

いるように思われました。……と、今城又兵衛の業績について大変興味深いのですが、

このシリーズの範疇ではないのでここでは触れず、お読みいただく皆様のお楽しみに譲

りたい。

 注目するべきは碑文に、

 

「佐倉」

 

 とあること。そう。知る人ぞ知るあの有名な「佐倉宗吾」の一揆の話の「佐倉」なの

です。この佐倉宗吾と保育の父・佐竹音次郎が意外なところで出会っていたかもしれな

い「発見」がありましたので、しばしお付き合いをいただきたい。

 

①佐倉宗吾とは?

 

 碑にある「佐倉ニ比ス」とは、「佐倉宗吾」或いは「佐倉惣五郎」で通っている本名

「木内惣五郎」の業績に匹敵する、ということである。

 幡多に生まれ育った私には「佐倉惣五郎」だが、関東方面では「佐倉宗吾」が通って

いるようだ。地元では親しみを込めて「宗吾さま」と呼ぶ方が多いようである。「佐

倉」は地域名で、「宗吾」は惣五郎の百回忌にあたる1752年に佐倉藩主が先祖の非

を認め侘びと敬意をこめて贈った法号「宗吾道閑居士」に由来するようだ。

 佐倉宗吾の話が有名になったのは、江戸時代後期の1851年に上演された歌舞伎が

きっかけらしい。長い間、真偽不明の話とされてきたが、昭和30年代になり人物が存

在したことや処刑された記録が発見され、「必ずしも全てが創作された話ではない」と

されている。

 佐倉宗吾の話が後の時代にも影響を及ぼしたことは、藤ノ川の今城又兵衛記念碑だけ

のことではない。

 福沢諭吉は、

 

「史上最高の義民」

 

 と称え、宗吾は自由民権運動の高まりに影響したとされている。義民とは困っている

人を助ける正義の人を表す。

 また、日本初の「公害事件」として名高い「足尾銅山鉱毒事件」で、田中正造は改善

を国会等で訴えるが取り合われず、天皇への直訴を考える。しかし直訴は大罪であると

の認識等から躊躇する田中に、知人が「あなたはただ佐倉惣五郎たるのみ」と促し、

1901年明治天皇の馬車に直訴状を持って走り寄っている。直訴は成功しなかった

が、この顛末が新聞で大々的に取り上げられ世論を喚起することになったという。

 もう一例、子どもが好きな話の一つに『ベロ出しチョンマ』(1967年斉藤隆介

作)があるが、これは佐倉宗吾の話をもとにして作られたもので、現代の子どもにも間

接的ながら影響を与えていると言えよう。

 佐倉宗吾の話は数々あるようだが、史実を大まかにまとめれば、江戸時代の初期、佐

倉藩の村人たちは藩の悪政に我慢できず一揆を起こそうとした。その時、一揆を起こせ

ば本人ばかりか家族にまで処罰が及ぶ。そのことを案じた名主惣五郎は、村人たちを抑

え一人対応することにした。最初は藩の重役や藩主に訴えるが効果なく、ついには将軍

に直訴(正しくは駕籠訴)を行った。1652年12月20日のことらしい。これによ

り問題の解決はできたが、直訴の大罪からは宗吾一家は逃れられず、幼い子共々処刑さ

れた。これが主のようである。

 

②藤ノ川で佐倉宗吾に出会った驚き

 

 いかに有名であった話とは言え、新聞やラジオも行き届いていない、ましてやテレビ

やインターネットもなかった大正時代の藤ノ川に、

 

この山奥にまで佐倉宗吾の業績が伝わっていた

 

 ことに驚き、何時か佐倉を訪問してみたいと思っていた。私は「一揆は山間の地で起

こる」との根拠のない考えにあり、「佐倉もそういう土地ではないか?」と、確かめた

かったのである。

 2017年(平成29年)10月に音次郎会メンバーで鎌倉を訪問した際、私はそれ

に便乗して単身、待望の千葉県佐倉市の「佐倉宗吾霊堂」を訪れた。その際、宝物殿と

いう建物に陳列されていたある漢文を見た時、私は更に驚かされることになったのであ

る。

 

③佐倉宗吾霊堂で見た音次郎の影

 

 その掲示されていた漢文には、

 

「撫松」

 

 との書号が記されていたのであった。音次郎の漢詩人としての書号も「撫松」である

ことから、大変驚く出会いであった。

 ただ、この漢文の撫松が音次郎かどうかは確かめられていない。音次郎の著作物に

も、家族や近くにあった人物の記載物にも、「佐倉」を見ることは出来ていないのでも

ある。

 

④時代を超えた義民同士として

 

 さて、すでに余談のこととなってしまった感の訪問目的の佐倉の地形についてだが、

なだらかな起伏はあるが広々とした関東平野の一部である。また印旛沼の東端で水の豊

富な土地でもある。想像していた「山間の地」とは全く違う地形であった。

 音次郎の「保育事業」もまた、

 

「困っている人を助ける」という「義民」の行為

 

 と言える。音次郎が佐倉宗吾霊堂を訪れたと判明している訳ではないが、そんな生き

方の音次郎が最高の「義民・佐倉宗吾」を知っていて、敬意を払い、教えを受けようと

訪れたとしても不思議はない。それどころか、見えない力に畏敬の念を持ち、神を敬う

音次郎にあって、すでに「神」と敬われていた佐倉宗吾を参詣したのは当然とすら思わ

れる。

 今後はこの真偽について皆様の知見もお借りしながら究明していきたいと考え、読み

物シリーズに問題提起のつもりで取り上げてもらった次第である。

 藤ノ川の石碑が長い時と地の遠隔を超えて、

 

「義民・佐倉宗吾」と「保育の父・佐竹音次郎」

 

 をつないだという「想像」でおりなした話だが、楽しく目を通していただけたなら幸

い。史実に大きな間違い無いか、誰かに失礼が無いことを祈りつつ、併せて、お読みい

ただく皆様の寛容をお願いして終わりたい。

 

2021(R3).6.4 Fri

 

上下左右に4つの写真がある。上側は藤ノ川地区入口に広がる水田。左は藤ノ川小学校跡地横に存在する河内神社。鳥居越しに本殿がある。右には神社の境内と記念碑の背面が映り込んだ写真。なお碑文は現在ではほぼ判読不能となっている。下には今城又兵衛記念念碑のアップ画像。