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┃保┃育┃の┃父┃・┃佐┃竹┃音┃次┃郎┃に┃学┃ぶ┃会┃★┃通┃信┃

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┃ ┃音┃次┃郎┃会┃◆┃I┃N┃F┃O┃◆┃v┃o┃l┃.┃2┃0┃

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          ホームページ:https://otojiro.link

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     取引銀行 幡多信用金庫 下田支店 普通預金 88502

          (名義)保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会 会長 中平菊美

          ゆうちょ銀行 振替口座 01650-8-43162

          (名義)保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会

 

 音次郎会は8回目の総会を終えて、8年目に入りました。あたらしいサイクルの活動を

展開したいと思います。

 

 保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会(通称:音次郎会)から会員の皆さまに会報(メール

マガジン)をお届けします。

 

◆◇INDEX◆◇

 

【1】2022年度 定期総会の報告

【2】日誌(複製版)が完成する

【3】音次郎史料目録作りが中断する

 

――――――――――――――――◆◇◆◇

 

【1】2022年度 定期総会の報告

 

日時:2022年 5月 9日(月) 10:00-12:00

場所:アピアさつき 2階屋上駐車場 事務所横会議室(11名出席)

 

==2021年度活動報告==

 

(1)活動報告

 

2021年度活動方針

 

 この巣ごもり活動の時期を好機と捉え、縁者から寄付された貴重な資料の解読などの研究

活動を中心とした一年にしたい。

 昨年度は手始めに奉加帳をインターネット公開をしたが、今後、多角的に研究が進化する

ことを期待し、順次、公開可能な資料を掲載していきたい。

 地元の児童文学作家・横山充男氏による音次郎生誕日記念講演会は、感染症が落ち着く

まで実施できない。しかし昨年は新伝記を小学校卒業式に贈呈した。

 卒業記念品贈呈活動は、資金協力を呼びかけつつ範囲を広げ、「ふるさと教育」の一環と

して地域貢献したい。そのことにより「音次郎の福祉の心の普及」を図りたい。

 

年度の重点目標

 

1 資料整備を図る。(2年目)

2 竹島地区の音次郎遺跡へ観光案内板を設置する。

3 四万十市郷土博物館「まちの偉人伝」に音次郎を取り上げてもらえるように、掲示案を

持って交渉にあたる。

4 音次郎視聴覚教材の制作するための構成を練り上げる。

5 研究及び閲覧の為に日誌原本の複写本を作成する。

6 日誌原本で新版日誌に記載されていない部分を明らかにする。

 

継続的目標

 

1 郷土の先人・保育の父・佐竹音次郎としてふるさと教育に取り組む。

2 ホームページを充実させる。

3 会報の充実を図る。

4 会員を募集し、後継者の育成、組織の強化を図る。

5 ゆうちょ振替口座を活用した募金活動により運営資金を賄う。

 

●総括

 

 この年も新型感染症により対外的な活動は取り組みの難しさがあったが、対策を講じつつ

実施した。高知県立・高知城歴史博物館さんの支援により縁者から受け取った史料整理は

順調に進み、完了目前となった。

 史跡への案内板設置は辞世の句についてモデル事業として取り組み、年度内の完工は叶わ

なかったが4月上旬に完成した。

 郷土博物館での展示については、提示案を持参して交渉を行っている。

 視聴覚教材については竹島小学校の総合学習として音次郎カルタとすごろくを制作して下

さり、これを活用したい。

 日誌複製については方法を検討した結果、事務用複合機による印刷で製作を開始し、まも

なく完成する。

 日誌原本の読み解きは会報発行に付録している「読み物シリーズ」で少しずつ着手し始め

た。

 新しい音次郎の伝記を小学校の卒業記念として贈呈する活動は、実施校を中村小学校にも

拡大して今年も実施できた。ふるさと教育の一助を担えた。

 会員は今年度、増加に転じた。これは鎌倉の佐竹家で加入して下さる方が増えた事に起因

するが、地元の会員は減少が続いている。

 運営資金は高額寄付者により潤っているが、公平な費用負担の面では一考の余地がある。

 動員人数にも憂慮があるが、会としての活動成果は充分であった1年であった。

 

●各行事への参加者数 ●ホームページ閲覧回数(1年間)

 

2020年度 2021年度 増減

4月定例会 4 (3役会) 4 0  トップページ 707 -217

総会 4  11 7  英語 32 +18

生誕講演会 -  - 0  韓国語 34 +27

8月定例会 7 (6月)  8 1  中国語(繁体) 47 +18

墓前祭 7 (定例会) 9 2  中国語(簡体) 30 +22

9月定例会 7 (10月) 7 0  

12月定例会 - (1月) 8 8  ※上記の数字には事務局が運用上

3月定例会 12 (2月) 9 -3   アクセスした 4カウント分も

 合 計 41  56 15   含まれています。

講演会除く 41  56 15   +/-は昨年比です。

 

(2)活動日誌

 

4. 1(木) 竹島小学校を表敬訪問する(事務局 瀬戸)

4. 5(月) 監査資料を監事・副会長に発送する

4.13(火) 監査、監事・副会長にて個別に実施する

4.14(水) 前 横須賀基督教社会館館長 阿部志郎氏に音次郎会発足と経緯を報告する

4.15(木) ホームページ更新①

4.23(金) 臨時三役会(総会議案の検討)4人出席 於:西土佐ふれあいホール研修室

4.29(木) 会報(メールマガジン)Vol.15と読み物シリーズ創刊号を発行

 総会の案内を会員に発送する

5. 4(火) ホームページ更新②

5. 6(木) 史料整理作業に対しての寄付金100万円が寄せられる

5.10(月) 定期総会開催、11人出席

5.16(日) 朝日新聞コラム天声人語の取材を受ける(中平、瀬戸)

5.27(木) ホームページ更新③

6. 4(金) 会報(メールマガジン)Vol.16とと読み物シリーズ2を発行

6.10(月) ホームページ更新④

6.11(火) 四万十市文化複合施設ヒアリング(瀬戸)

6.19(土) 6月定例会(事業計画具体案づくり)8人出席

6.25(金) 史料整理の為の寄付金を定期預金にする(100万円 幡多信用金庫下田支店)

6.28(月) キリスト教児童福祉連盟研修会にて特別講演(中平 於:高知市)

7. 8(木) 竹島の石碑らへ案内板整備の現場打ち合わせ(中平、瀬戸、竹島区長、業者)

7.28(水) 読み物シリーズ3発行、8月案内送付

 ホームページ更新⑤

8.16(月) 8月定例会(講演「音次郎と竹島神社」、看板具体案)9人出席

8.25(水) 辞世の句碑移設について石材店と打ち合わせを始める(瀬戸)

9.14(火) 音次郎関連6書籍の電子化が完了する(外注)

9.21(火) 片山慧宅の音次郎関係の生写真が浦田前会長より寄贈される

10. 1(金) 会報(メールマガジン)Vol.17と読み物シリーズ4を発行

 四万十市文化複合施設ヒアリング(瀬戸)

10. 2(土) ホームページ更新⑥

10.12(火) 10月定例会「城博学芸員と史料整理⑤」7人出席

11.16(火) 高知大学玉里教授が来会して顕彰活動について打ち合わせ4人出席

11.18(木) 竹島小5年担任山崎教諭より総合学習の打診あり

12. 8(水) 石井十次に学ぶ会(岡山)へ視察(中平、小椋、玉里、瀬戸)

12. 9(木) 竹島小5年総合学習へ出前授業(中平、瀬戸)

12.21(金) 竹島小5年生と竹島にある音次郎史跡巡り(中平、瀬戸)

12.29(水) ホームページ更新⑦

1. 1(土) 竹島区長が宮村喜久氏に交代したので委員に加わる

1. 4(火) ホームページをSSL暗号化対応実施(アクセスカウンターも再整備)

1. 5(水) ホームページ更新⑧

1. 6(木) 四万十市教育長を表敬訪問(中平、瀬戸)

1.11(火) 日誌(原本)電子化完了合計8,964枚

1.13(木) 城博学芸員と史料整理⑥ 8人出席

1.24(月) 会報(メールマガジン)Vol.18と読み物シリーズ5を発行

1.26(水) ホームページ更新⑨

2. 2(水) 日誌複製見本を中村印刷所が製作し量産の検討を開始する

2.10(木) 生涯学習課へまちの偉人伝に音次郎を誘致活動(中平、瀬戸)

2.16(水) 日誌複製作業に対しての寄付金30万円が寄せられる

2.19(土) 片山政好宅(音次郎の支援者片山酒造)の遺品整理について検討する

2.23(水) ホームページ大幅更新⑩(音次郎に関わりのあった人々の頁追加と大整理)

2.24(木) 城博学芸員と史料整理⑦ 9人出席

3. 7(月) 辞世の句碑の移設場所を竹島区長と確認する(中平、瀬戸)

3. 8(火) ホームページ更新⑪(辞世の句碑説明ページを追加)

3.15(火) 日誌複製着手

3.20(日) 中村小学校卒業式で新伝記31冊を卒業記念として贈呈する

3.21(月) ホームページ更新⑫(題字を林博氏の書に置き換える)

3.24(木) 竹島・下田・八束3小学校卒業生に新伝記28冊贈呈(中平、宮村和輝、瀬戸)

3.29(火) 音次郎会活動のために寄付金100万円が寄せられる。

 

==2021年度収支決算・監査報告==

 

   <収入の部> <支出の部>

繰越金 308,522  講演会 0(開催見合わせ)

活動収入 2,729,401  墓前祭 0(開催見合わせ)

 助成金 100,000  印刷費 50,371(会報定例会書類代)

 寄付金 2,546,000  通信運搬費 68,977(送料)

 募金 77,000  会議費 0

 その他(本代) 6,400  広報費 121,349(書籍電子化、若草園へ寄付)

 預金利息 1  備品費 290,143(パソコン、プリンター、HDD等)

  消耗品費 55,000(プリンターインク、文具等)

  雑費 13,867(募金受取振込手数料等)

  交通費 5,063(十次の会訪問交通費)

  予備費 2,300,000(看板・日誌複製用定期預金)

  次年度繰越 133,153

 合  計 3,037,92    合  計 3,037,923

 

●監査報告

 

 2022年4月21日までに浜口貞雄・平岡和好両監事により個別で活動内容、会計の監査を受

け、不備のない点は認められております。

 

==2022年度活動計画==

 

★活動方針

 

 8年目に入りあたらしいサイクルの活動を展開したい。

 縁者からの史料整理は4年を懸けて完成しようとしており、事業目的となっている資料

整備の部分は充実しつつある。会の定例会としても、手にした史料を有効活用すべく音次郎

の聖愛一路の理念を読み解いて音次郎の福祉の心を普及するために用いていきたい。

 また、所蔵する史料目録を公開し、研究者のつながりを模索したい。

 卒業記念品贈呈活動は資金協力を呼びかけつつ範囲を広げ、引き続き「ふるさと教育」の

一環として取り組みたい。

 

<今年度の重点目標>

 

1 縁者からの史料整備を完成する。(3年目)

2 竹島地区の音次郎遺跡へ観光案内板を設置する。(2年目)

3 四万十市郷土博物館「まちの偉人伝」への準備をする。(2年目)

4 音次郎視聴覚教材の制作するための構成を練り上げる。(2年目)

5 整えられた史料を用いて研究を深める。

 

<継続的目標>

 

1 ふるさと教育として郷土の先人・保育の父・佐竹音次郎を告げ広める。

2 ホームページを充実させる。

3 会報の充実を図る。

4 会員を募集し、後継者の育成、組織の強化を図る。

5 運営資金を充実させる募金活動

 

==2022年度予算==

 

   <収入の部> <支出の部>

繰越金 133,153 講演会 0(コロナ感染対策のため延期)

活動収入 706,847 墓前祭 0(コロナ感染対策のため休止)

 助成金 100,000 印刷費 60,000(会報・定例会・書類代)

 寄付金 500,000 通信運搬費 70,000(会報送料)

 募金 100,000 会議費 10,000(会場費)

 その他 6,846 広報費 200,000(パンフレット作成、伝記贈呈)

 預金利息 1 備品費 200,000(音次郎史料整備用品)

消耗品費 60,000(プリンターインク、文具等)

雑費 20,000(振込手数料等)

交通費 20,000(出張費用)

予備費 200,000

 合  計 840,000  合  計 840,000

 

※ 科目間の過不足を生じた場合は相互流用を認めるものとする。

 

――――――――――――――――◆◇◆◇

 

【2】日誌(複製版)が完成する

 

 音次郎会の事業目的の1つには「音次郎に関する資料整備」があります。発足時、音次郎

を研究するための文献が非常に少なかったからです。設立から3年目に音次郎縁者から音次

郎に関する歴史的資料を譲り受け、高知県立・高知城歴史博物館さんのご協力の下、目録作

りと整理に取り組んできました。4月に城博さんとの作業は終了しましたが、史料の中心に

位置づけられる毛筆日誌の複製版製作にも水面下で取り組んできていました。

 

 どうしても多くの人手が必要となる製本作業について、作業奉仕者を募りました。4月27

日、製本方法の検討からはじまって取組日数15日、延べ60人役で完成する事ができました。

 

 この作業には音次郎会3役の他に会員外を含む作業奉仕者8人が関わってくださり、ある

方は都合のつく時間帯で部分的に、またある方はほぼ皆勤で作業に従事してくださいました。

 

 今回は手元にある日誌31巻・全巻を12組複製しました。このうち2組を音次郎会で閲覧に

供するため資料室に設置しました。

 

 製本作業の様子は音次郎会ホームページにて見ることができます。

 

[日誌原本複製の流れ]

2015.5.10(日) 保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会発足、活動目的に資料整備が明記される

2018.8.17(金) 縁者から史料が寄付される(本日から3回に分けて)

2019.5.10(金) 城博さんより日誌の存在価値について講演して頂く

(音次郎生誕155年・音次郎会発足5周年記念講演会)

2020.2. 8(土) 城博さん協力による史料整理作業がはじまる

2020.9.22(火) 高知県立高知城歴史博物館により電子化着手

2021.3.11(木) 同完成、合計9,355枚の画像データを受け取る

2021.5. 6(木) 日誌複製に対して100万円が寄付される

2022.1.11(火) 整頓完了合計8,964枚、日誌1のみ試験的にコピー機にて印刷する

2022.2. 2(水) 日誌複製見本を中村印刷所が製作し量産の検討を開始する

2022.2.16(水) 日誌複製に別の寄付金30万円が寄せられ、内製する事になる

2022.3.15(火) 日誌複製着手(若草園の複合機を借用)

2022.4.19(火) 城博さんとの資料整理作業が8回で完了する

2022.4.27(水) 日誌複製版の装幀についてボランティアと打ち合わせする4人出席

2022.5.17(木) 日誌複製に更に別の寄付金12万円が寄せられる

2022.5.20(金) 製本作業着手

2022.5.30(月) 日誌複製代金として100万円を若草園に支払う

2022.6. 3(金) 日誌複製版12組(1組31巻)が完成する

2022.6. 4(土) 音次郎資料室に複製版を展示する

 

――――――――――――――――◆◇◆◇

 

【3】音次郎史料目録作りが中断する

 

 4.19(火)の城博さんとの史料整理作業にて、縁者から寄贈された史料の目録作りのための

第一歩である調査カード作成は完了しました。8回におよぶ調査により史料は557点という

事がわかりました。同様のもの複数を1点としているものもあり、今後の研究によっては

分割して増える可能性もあります。

 

 調査開始から平行して調査カードの電子化にも取り組んできました。目録作りには明細表

も欠かせないためです。この作業はNPO法人四万十市シニアネットワークさんのご協力で

進んでおり、現在その約6割にあたる320枚の調査カードの電子化が完了しております。

 

 ところが4.6(水)、代表の川山芳輝さんが逝去されて電子化作業が現在、中断してしま

っております。電子化作業は当初はスムーズに進んでいなかったところを川山さんのご協力

により爆発的に進みました。その功績の偉大さに悔やんでも悔やみきれません。

 

 音次郎も保育事業を進めるにあたり様々な困難を乗り越えていきましたが、音次郎会とし

ても、その音次郎の原動力を研究する上でも、史料整理作業の完遂を目指したいと思います。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 現在の会員数 115 名 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

2022.6.24 Fri

 

  日本で初めて「保育」という言葉を生み出した「佐竹音次郎」に関心のある方、

 入会希望者のご紹介など、お気軽にご一報ください。事務局から案内をお送りしま

 す。現在、鎌倉子孫の御協力により鎌倉一円の会員が増えております。地元で興味

 関心がある方があれば、ぜひ事務局に御紹介ください。

 

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  │保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会│ 会長 中平菊美

  └──────────────┘

 各種お問い合わせは →→→ 四万十市下田2211(若草園内)

                0880-33-0247 瀬戸へどうぞ♪

  ホームページ:https://otojiro.link eメール:info@otojiro.link

 

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┃保┃育┃の┃父┃・┃佐┃竹┃音┃次┃郎┃に┃学┃ぶ┃会┃★┃通┃信┃

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┃ ┃音┃次┃郎┃会┃◆┃I┃N┃F┃O┃◆┃v┃o┃l┃.┃1┃9┃

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                              ┃別┃冊┃

                              ┗━┻━┛

【読み物シリーズ 7】

 

    音次郎人生最大のカベとその克服

 

作:中平菊美

 

 明治29年(1896年)に小児保育院の看板を腰越医院に掲げて保育事業が始まります。当

時、わが国には福祉政策が育っていない時代で、全て個人の力によるものでした。

 音次郎の保育院の話を聞き頼ってくる人が増えるにつれ、生活費不足という現実が訪れ

ます。「困っている人は皆、助けたい」という理想と「生活費不足」という現実で悩むば

かりか、生活費を得る為の昼夜を問わない労働により肉体は弱り、ついに風邪から肺炎そ

して結核にと悪化して死を覚悟するまでの状態に陥ります。また受け入れた子どもたちを

どう育てるのかも重大な悩みでした。

 この三重苦が音次郎を襲い、心身の消耗を見かねた妻の進言により、明治33年11月

から翌年4月までの約半年を生家で療養しています。

 死をも覚悟し絶望的な心持ちにあって、音次郎はこれまでの生き方を見つめ直すことに

なります。

「何事も自分で出来るかの如く歩んできたが、満足できることは何事もなし得ていない。

自惚れと謙虚さに欠けた自分であった。わずかに大事だと考え出したつもりの保育事業も

同様である。そもそもそれを大事だと決める力など自分に有りはしないのだろう。しかし

何故力にも無いことを大事と思い込んだり、できもしないことに手を染めるようになった

のだろう。」そんな繰り返しの日々だったのではないでしょうか。

 これこそ、音次郎の人生における最大のカベです。

 

 自尊心をはじめ自身の一切を投げ捨て、赤子のような解放された状態になった時、光が

射しこんできています。悩みを解消に至る新たな考え方が舞い降りてきたのです。

「保育事業が大事だと決めているのは神様で、私が考えついた様にしつらえられているの

に違いない。私には神様の決定を実現するために働くことが役目だと言っているのだ。私

の努力でどうしようもない時には神様が必ず助けてくださる。」そんな考え方が体を満た

し、音次郎の悩みのほとんどが不必要なものとなり消え去っていきました。

 同時に、「神様の御心に従い全身全霊を傾け働く」ということを書いた本のことを思い

出します。山梨県立病院を退職する際に、患者で仲良くしていた林紋次郎の妻で熱心なキ

リスト教徒であった友恵から餞別に贈られた本、聖書です。

 この時に聖書を読んだ音次郎は「自分のような者を守ってくれる他に代わる物の無い本

である。」との感想を述べています。

 また、聖人の生き方を目指した音次郎は孔子や釈迦についても熱心に勉強しており、キ

リストを含む三聖人を冨士山になぞらえて「孔子は山の裾野、釈迦は山にかかる白雲、キ

リストはそびえたつ山の頂」とも表現しています。

 音次郎が求める聖人にキリストが最も近いということ、或いは、キリストの考えが最も

理解出来たということであろうと思われます。

 かく新たな考え方ができたことにより、悩みの大半が消え去ると共に、聖書という生き

方を教える貴重な教科書が見つかったことにより、死をも覚悟した体調は信じられぬ速さ

で回復していきます。

 鎌倉に戻るや、聖書に向かうと共に宣教師ピータソン女史や津田 仙たちに教えをいた

だき、明治35年6月16日に鎌倉教会において牧師山鹿旗之進により妻と共に洗礼を受

けています。そして以後はキリストの教えに学びながら保育事業にまい進していきます。

 ここに音次郎の人生最大のカベの克服が果たされたのです。

 

 付属事ですが、現在元竹島神社の境内に「夢」一字のみの石碑があり、この石碑につい

ては乾 綾雄氏が著述しているのみで、母寅野(音次郎の兄卯太郎の娘)から聞いた話と

して、「半年に及ぶ郷里での病気療養の際に、竹島神社の神様の恩愛に対するお礼として、

兄卯太郎の援助を得て建てた」との内容になっています。

 この「夢の碑」にかけた音次郎の思いを推察する場合、上に述べた最大のカベの克服を

考えに入れるべきではないかと思うことです。つまり、17才の頃に丑の刻詣りで大事な

教えをいただいたことに対する竹島神社へのお礼の気持ちからと言うより、改めて神様の

教えに従ってこれからを生きていくという覚悟を表明したものではないだろうかと思える

のです。詳細については機会があれば別途読み物シリーズに取り上げてみたいと思います。

 

 

音次郎が執筆した結核征伐

音次郎の著書「結核征伐」の表紙。赤い十字架があり、デザインされた題名は細菌のような模様もある。相模・腰越・小児保育院蔵版。表紙の色はクリーム色。

 

音次郎が開業した腰越医院

2階建ての洋風な真四角の建物。屋根の軒下は狭い。左側の玄関部分が1畳ほどポーチになっている。中央に看板があり「内科、小児科、腰越医院」とある。その前に多くの人が並んでいて、何かの記念撮影と思われる。この写真は既に佐竹音次郎から義姉の沖本幸に譲られた時の写真で、看板の医師名が彼女になっている。

 

腰越医院内に併設する形で事業が開始された小児保育院

最初期の家族写真の一枚。明治35年頃。腰越医院の中庭。右手に増築された小児保育院らしき建物が見える。鬱蒼とした庭木の前で38人の大人と子どもが整列している。