本文へスキップ

四万十市竹島出身・郷土の偉人              English  한국어  繫体字  簡体字               最終更新:2022.9.10 Sat

TEL. 0880-33-0247

〒787-0155 高知県四万十市下田2211 若草園内

「保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会」ホームページへようこそ!

佐竹音次郎の肖像画。音次郎会で使っている一番標準的な音次郎さんの画像です。国からの褒賞を受けた時に撮影されたと言われている、和服姿。紋付き羽織袴姿です。背景には床の間なのか、掛け軸が見えます。 「保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会」は
日本ではじめて「保育」と言う言葉を使った、
まだ余り知られていない偉人を研究して福祉の心を学ぶ任意の団体です。







N,E,W 英語でニュー。更新された目印が点滅して知らせています。

活動報告のページを更新しました。
メールマガジンと読み物シリーズを分割して読めるようになりました。
メールマガジンvol.20と読み物シリーズ7を掲載しました。



ちいきのおと(85)竹島(四万十市)
【見出し】
郷土が生んだ福祉の先駆者
保育の父・佐竹音次郎の業績を後世に
授業・案内板・資料収集…有志ら顕彰続ける
【写真】
佐竹音次郎日誌の複製本。右側は音次郎と妻の写真(四万十市下田の若草園)
辞世の句碑と観光案内板(四万十市竹島)
佐竹音次郎の業績について話し合う「学ぶ会」メンバーら(四万十市竹島の下田地区竹島防災コミュニティセンター)
【本文】
 明治―昭和期、貧困などさまざまな事情で居場所を失った5千人以上の子どもを「わが子」として育てた佐竹音次郎(1864~1940年)。彼が生まれ育った四万十市竹島では、有志らが結成した「保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会」のメンバーが、業績を後世に伝えようと、地道に活動を続けている。 
 音次郎は地元で教員を務めた後、上京して医師に。30歳で神奈川県の腰越に医院を開業し、2年後に身寄りのない子たちを預かる「小児保育院」を併設した。
 孤児院としなかったのは「自分たち夫妻が親になるのだから孤児ではない」との思いから。実子とも分け隔てなく面倒を見た。やがて医院をやめ、保育事業に専念。42歳で鎌倉小児保育園(後の鎌倉保育園)を開設し、海外にも施設を開いた。正確には不明だが、76歳で病没するまでに5千人以上を育てたとされている。
 □  □ 
 だが、古里の竹島でも、こうした業績はほとんど知られていなかった。顕彰のきっかけは2014年、近くの下田地区にある児童養護施設、若草園を運営する栄光会が開いた音次郎に関する講演会。住民ら約320人が聴講し、「竹島出身のそんな人物がいたのか」と話題になった。
 翌15年、有志らが「―学ぶ会」を発足。市出身の児童文学作家に音次郎の伝記執筆を依頼したり、「辞世の句碑」など竹島に点在するゆかりの地に案内板設置をしたり。竹島小学校では音次郎に関する出前授業を担い、19年からは同校などの卒業生に伝記を贈り、児童福祉にささげた生涯を伝えている。
 「私自身も02年に竹島小へ赴任するまで、音次郎を知らなかった」。同会会長で元竹島小学校長の中平菊美さん(71)は率直に思いを語る。「彼は家庭や地域社会から排除され、社会の底辺にいる人々を救った。その生き方を、これから社会に出る子どもたちにこそ知ってもらいたい」
 □  □ 
 同会は資料収集と整理にも力を入れる。集まったのは、縁者から寄贈された自筆の日誌(1905~39年分)や手紙、板垣退助や渋沢栄一ら著名な支援者が名を連ねる芳名簿など約600点。日誌は県立高知城歴史博物館の協力を得てデータ化し、複製本も制作した。
 若草園職員で同会事務局の瀬戸雅弘さん(56)は「日誌を読み解けば、複雑な時代背景の中で保育事業をどう進めたか分かる。それを現代の福祉にも生かしたい」と期待を寄せる。
 膨大な資料の分析は簡単ではない。会員は約120人に増えたが、十分に時間を割いて活動できるのは数人で、専門知識もない。それでも中平さんは「仮に自分たちができなくても、後世に研究を引き継ぐ人が現れてくれるだろう」と前向きだ。
 竹島が生んだ福祉の先駆者。その思いや生涯はこれからも、地域で語り継がれる。(幡多支社・芝野祐輔)
【右脇】
 竹島は、四万十市南部に位置する自然豊かな地区。国営農地の果樹畑や水田が広がり、雄大な四万十川も流れる。土地の古老は「都会のように気張らんでも、土地と川の恵みでなんとか食っていける。そんなおおらかさがある」と胸を張る。7月末現在、225世帯470人。
《ちょっとチャット》
沢田真緒さん(12)竹島小6年
 竹島小の6年生は11人しかいませんが、みんな仲良しです。竹島を流れる四万十川はきれいで大好き。友達やお父さんとエビを取って遊んでいます。竹島出身の佐竹音次郎さんは、みんなのために生きたすごい人。勉強したことを壁新聞に書いて発表したり、「音次郎一生すごろく」を作ったりしています。

高知新聞に活動が掲載されました
2022年8月28日(日)高知新聞 ちいきのおと(85)竹島(四万十市)

⇒郷土が生んだ福祉の先駆者
⇒保育の父・佐竹音次郎の業績を後世に
⇒授業・案内板・資料収集…有志ら顕彰続ける
 (記事はクリックすると拡大してみることができます)
 (掲載について高知新聞社 アーカイブ企画課 承認済み)


「音次郎に聴こう」四万十市竹島出身・郷土の偉人、保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会2022年活動取組イメージパンフレット。貴重な生き方をした保育の父 佐竹音次郎 この7年間で蒐集した史料を本格的に読み進めます 音次郎の素晴らしい点に学ぶことができるように 佐竹音次郎のことを知り 伝える 音次郎会のあたらしい取り組みが 今年からはじまります ~会員募集中~ 音次郎の史料を読み解く勉強会は随時開催します。ぜひ、ご参加ください。おといあわせ 連絡先▼保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会 事務局 〒787-0155 四万十市下田2211 電話0880-33-0247(若草園内 瀬戸まで)。使っている写真は音次郎が床の間の前で正座している和服姿。奉加帳の1ページ目が開いている写真。日誌の新聞切り抜きがスクラップされているページが開かれている写真。日誌原本の31冊が横並びになっている写真。

 日誌複製版が完成しました。2022年、音次郎の研究が加速します。
 (上記チラシはクリックすると拡大してみることができます)

2022.1.4からホームページのアドレスが変更されてます。SSL暗号化に対応するためで、より安全に音次郎会情報をご覧頂けます。ブックマークを登録されている方は冒頭の「http://」を「https://」に変更ください。古いアドレスはしばらくすると使えなくなります。ご注意ください。



音次郎の新伝記、頒布中

新刊・保育の父・佐竹音次郎伝記『万人の父になる』-佐竹音次郎物語-(横山充男著)の表紙。四万十川沿いの松の木の上にたくさんの子供たち。それを微笑んで見上げている音次郎
※ 訂正とお詫び ※

 音次郎会から頒布された新伝記には正誤表が挿入されておりますが、本誌に誤植がございます。お詫び申し上げます。

 81ページ4行目
× 中村の町に、養子に出された幸徳傳次郎という少年がいました。
○ 養子に出された中村の町に、幸徳傳次郎という少年がいました。

 お手数ですが上記のとおり訂正をお願い申し上げます。

 お求めはお近くの書店、インターネット書店、または音次郎会にて。

事務局所在地

〒787-0155
高知県四万十市下田2211 若草園内

保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会
  (通称:音次郎会)

連絡先

TEL 0880-33-0247

メール:info@otojiro.link



かっこいい毛筆書体で音次郎会と書かれてあります。 題字:林 博氏

ホームページを訪れた人数