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┃保┃育┃の┃父┃・┃佐┃竹┃音┃次┃郎┃に┃学┃ぶ┃会┃★┃通┃信┃

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┃ ┃音┃次┃郎┃会┃◆┃I┃N┃F┃O┃◆┃v┃o┃l┃.┃2┃9┃

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2024.10.24 Thu           ホームページ:https://otojiro.link

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 秋が深まるにつれ作物の実りの便りが届きます。預かった子供を我が子と同じように育て

ようとした音次郎は、保育のかたわら食料の自給自足をはかって農業にも取り組みました。

保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会(通称:音次郎会)から会員の皆さまに会報(メールマガジ

ン)をお届けします。

 

◆◇INDEX◆◇

 

【1】「音次郎むかしあそび」の報告

【2】奉加帳ミックス版(第2版)の公開

【3】奉加帳読み解きのお願い

【4】興味深い登場人物

 

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【1】「音次郎むかしあそび」の報告

 8月10日(土)9:00~10:30、竹島集会所にて「音次郎むかしあそび」を行いました。音次

郎総合学習で生徒たちが製作した作品を使って親子で楽しく遊びながら音次郎の歩みに触れ

ました。

 製作された遊び道具は「すごろく」、「紙芝居」、「かるた」です。小学生低学年から楽

しめる内容です。

 「すごろく」は竹島小学校2021年の5年生クラスで作りました。「音次郎一生すごろく」

と「音次郎豆知識すごろく」があります。どちらも、音次郎の伝記を読んだ小学生が音次郎

の紆余曲折の人生をすごろくにも反映していて、「ふりだしに戻る」や「1回休み、2回休

み」などが随所、随所に折り込まれていて、サイコロ運が悪かったある人は、1人最後まで、

ずっと上がれずに終わりました。

 2つのすごろくに興じた後は、冷たい物を口にしながら小休止。紙芝居「保育の父・佐竹

音次郎ものがたり」を鑑賞しました。これは中村高校漫画研究部が作りました。参加した会

員で読み聞かせボランティアをされている方があり、その方に朗読をお願いしました。また

四万十市図書館では紙芝居用の舞台を貸し出して下さっていますので、それを使っての本格

的な紙芝居上演となりました。

 おわりにかるた合戦をしました。この「音次郎50音かるた」も竹島小5年生が作った物

です。すべてが5・7・5の川柳形式になっていて、読み札を読み上げた時の響きも良いで

す。「ま」の札はこのような歌になっています。

 

学べるな 佐竹音次郎の やさしさを

 

 まさに今回のプログラムを言い表しています。ともすれば歴史学習は難しく固いのですが、

今回参加した小学1年生もよろこんで、遊びながら、地元の先人・保育の父に触れ、楽しく

学べる良い機会になりました。

 これからも幅広く地域の交流行事などでも実施できればと思います。余興などでこのプロ

グラムの実施をご検討くださる団体がございましたら、事務局までご一報ください。

 

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【2】奉加帳ミックス版(第2版)の公開

 保育の父・佐竹音次郎の「鎌倉保育園 慈善書画会賛助 芳名簿」(奉加帳)は2021年3月に

音次郎会ホームページで公開していました。また2023年10月には、読み解けた人名を反映し

て、奉加帳実写映像と読み取り結果を活字にしたものを左右見開きで対比しながら見える様

に工夫した新しい一覧表(ミックス版初版)をつくりました。その後、読み解き出来ていな

い人名の更なる解読を呼びかけていたところ、再び、板垣退助研究家である公文豪氏のご協

力によりミックス版第2版を作成しました。

 今回は公文氏解読個所と事務局解読部分を合わせて131名について新規解読または訂正を

加えました。

 

・奉加帳統計データ

 第1~3回書画会奉加帳収録人数 459人

 第 4 回書画会奉加帳収録人数 192人 合計651人

 収録実人数(繰り返し支援した人名を除いた人数) 491人

 未解読人名(1文字も解読できていない人) 32人(うち2組が同じ署名と認められる)

 一部解読人名(読めない文字がある人)    41人( 〃 1組 〃 )

 解読結果に疑いがある人名    15人

 

 ただいま、なるべく実物に近い複製版(レプリカ)を制作中です。最後まで課題となって

いた装幀(製本にする為の装飾が施された表紙や箱)については、音次郎が曽祢荒助に指示

されて奉加帳を買いに行った榛原(はいばら)日本橋本店が現存している事が判り、その協力

を得て進めているところです。完成が待ち遠しくなりました。

 

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【3】奉加帳読み解きのお願い

 ミックス版第2版公開のところでも触れましたが、奉加帳にはまだ88人について疑念が

あります。解読についてぜひ、ご協力ください。

 音次郎会ホームページの「研究材料」のページから「奉加帳電子版」と「奉加帳Mix版」と

「一覧表」(Excel形式/PDF形式)はダウンロード可能です(この会報が届く頃は、次回会

報のお届けまでトップページからもダウンロード可能です)。

 また、協力頂ける方で身近にインターネット環境が無い方や、冊子体を希望される方は音

次郎会事務局からお届けする事も可能です。お申し出ください。

 

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【4】興味深い登場人物(奉加帳概要 2024年10月現在)

 この記事は、2023.10.11 Wed発行 会報vol.25【2】奉加帳概要の続編です。ミックス版を

更新するたびに解読できた人名データを統計化しておりますが、その途上で興味深い内容を

お伝えするものです。ぜひ、バックナンバーを参照しつつお読みください。

 

 前回、寄付者の出身地の統計について「47都道府県とはならず、奈良県、和歌山県、広島

県、沖縄県の人は居ませんでした」とお伝えしておりましたが、今回、手直しした131名の

データの中で和歌山県出身の人が居ました。

 

 ①唯一の和歌山出身者(現時点において)

 その人は第1~3回書画会奉加帳の456番目に登場する人物で、森部 頴(もりべ・えい)

という人です。彼は洋画家・森部勉の父で、台中にて軍医少佐でした。この人については

ネット上ではこれ以上の情報を得る事は出来ません。音次郎と同職種の人なので、もしか

したら音次郎が学んだ医学済生学舎の同窓生かもしれません。参考に、名簿の中には済生

学舎出身者の名前もあります。

 音次郎は当初、我が子同様に育てていた子供達の養育費を自弁する事に拘りました。孤

児院のように寄付をもらいながら「如何にも施設運営」という形ではなく、あくまでも一

家の大黒柱が働いて自分の手で子供を養うという普通の家庭のような養育をしたいという

思いが音次郎にはあったからでしょう。聖愛一路にはその様子が記されていますが、済生

学舎の親友・田辺猛雄氏からのせっかくの申し出を音次郎は断りました。

 ところが、曽祢荒助に叱咤激励されて他人の支援を得る事について目が開かれた音次郎

は、やがて中国 大連で開業していた田辺の元を訪れ、書画会の協力を求めました。

 その荒助が作らせた奉加帳を解読しているのですが、単なる人名が羅列された名簿の中

にも、見えない人と人の絆を感じます。済生学舎で机を並べて「音さん」、「頴さん」と

呼び合っていたのかもしれないと思えば、楽しくなります。

 

 ②片岡直輝・直温兄弟と土居通夫

 協力者出身地は多い順に、東京、高知、愛知、京都、鹿児島、熊本、大阪(同人数で山

口)と続きます。前回から解読が進み、和歌山出身者が見つかりましたが全般的に増えて

いますので人数順には変化ありません。

 前回、奉加帳に最多登場(5回)する大阪出身の女流画家・野口小蘋の事をお伝えしま

した。大阪は当時、下田や高知から本土へ入り、上京する船の中継地であった事から音次

郎は何度も立ち寄る事があったのでしょう。支援者に大阪の人物が多い理由だと思います。

 今回、新たに読み解けた人物で、大阪で活躍していた興味深い3人を紹介します。

 片岡兄弟は現在の高知県津野町出身です。津野町役場の裏に日本庭園の美しい生家があ

り、「津野町から日本の政財界に名を残した片岡兄弟」として顕彰されています。大阪ガ

スの社長、日本生命の社長、大蔵大臣も務めました。人名を調べるために音次郎会で活用

している「日外アソシエーツ 明治大正人物事典」では「大阪財界の世話人的存在」と記

されています。音次郎とは「同郷だね」との事で繋がった事でしょう。

 土居通夫は宇和島出身で裁判官、大阪電灯設立、通天閣建設をした人物です。土居氏が

通天閣を建造した時はパリ万博の直後で、日本にもエッフェル塔のようなタワーを造ろう

と土居が提案して完成したそうです。今でこそ通天閣は大阪の下町のシンボルですが、当

時は大変不評だったとの事です。そう言われてみれば通天閣の形はエッフェル塔に似てい

ますね。

 

 ③本多庸一

 音次郎がキリスト教の洗礼を受けた鎌倉教会は当時メソジスト教会(美以教会と書いて

いた/キリスト教宗派の1つ)でした。本多庸一は新島襄、植村正久、内村鑑三、新渡戸

稲造と並び、明治期日本におけるキリスト教主義教育の先駆者と呼ばれています。音次郎

が書画による賛助金募集を開始した頃、本多は青山学院長を退き「日本メソヂスト教会」

を設立し、初代監督に就任しています。本多は時々鎌倉教会にも巡回し、津田仙親子との

関係性もあって音次郎とは交流がありました。それで本多は夫人貞子と共に鎌倉保育園賛

助員の発起人となり、音次郎を支援しました。

 音次郎は鎌倉教会での礼拝説教や支援者である益富政助(YMCAで活躍していた)に心動

かされて朝鮮支部の設立へと動きます。本多と益富はYMCA軍隊慰問使として共に活動して

いますので、ここでも絆が見えてきます。ただし日露戦争に対する日本のキリスト教会の

対応は必ずしも正しかったとは言い切れない側面があります。音次郎も日露戦争での日本

海軍の武勲を賛美している様子が日誌から読み取れるのですが、日本軍部の海外展開とは

別の視点で児童養護に取り組んだ事は、これまでに私達が学んできた通りです。保育の父・

佐竹音次郎には、いつも、我が子を思う親心があったと言えるでしょう。

 なお、本多の名前は「よういつ」とふりがなが付けられる事が多いのですが、遺族によ

れば「よういち」以外に別の読み方を聞いた事はなかった、との事です。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 現在の会員数 125 名 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

2024.10.24 Thu

 

  保育の父・佐竹音次郎に関心のある方、入会希望者のご紹介など、お気軽に

 ご一報ください。事務局から案内をお送りします。お知り合いの方があれば、ぜひ

 事務局に御紹介ください。

 

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  │保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会│ 会長 中平菊美

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 各種お問い合わせは →→→ 四万十市下田2211(若草園内)

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 幡多信用金庫 本店営業部 (普) 88502 保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会 会長 中平菊美

 ゆうちょ銀行 振替口座 01650-8-43162 保育の父・佐竹音次郎に学ぶ会

 

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